第2章 カカオフィズ(及川・岩泉)
すると、マスターはカウンターの上に置いたままとなっていたホットラムを、及川の方へと滑らせた。
「これからさらに冷えます」
「・・・・・・・・・・・・」
「どこで時間を潰そうとも、きっと温めてくれるでしょう。体だけでなく・・・心もね」
及川はマスターを見つめた。
彼はずっとカウンターの向こうにいたが、自分たちの会話は聞こえなかったはず。
しかし、すべてを見通すような瞳をしている。
不思議と、彼と話していると心が軽くなるような気がした。
まるで、優しく甘酸っぱいカシスソーダを飲んでいるかのように・・・
「ほんと、お節介なマスターだな・・・」
頬を膨らませながら、少し多めの代金をカウンターの上に置く。
そして、お釣りではなくホットラムだけを受け取った。
「でも、近いうちに・・・また来るよ」
ここでなら、少しは素の自分を曝け出せそうな気がする。
「いつでもお待ちしていますよ」
「いっぱい愚痴るよ」
「それを聞くのが私の仕事です」
包み込むようなその笑顔に、及川の頬にもようやく赤みがさした。
「次はまず、1杯目にチャイナ・ブルーね」
岩泉と同じく、甘いのは好きじゃない。
でも、このバーは不思議と、自分の知らない一面、それまで振り返らないようにしてきた過去に目を向けさせてくれるような気がする。