第2章 カカオフィズ(及川・岩泉)
バレンタインの何日も前に用意した、チョコレート。
仙台から東京に出てくる間ずっと、“どうしても渡したい”と繰り返していたっけ。
「・・・・・・・・・・・・」
岩泉のコートのポケットにも、同じ大きさの箱が入っている。
しかし、その“重さ”はまったく違う。
3時間待っても及川は現れず、メールも既読無視されるようになってから、ヨシノは自分の許容量を超える酒をあおった。
約束をすっぽかす、それが及川の“答え”だと思ったのだろう。
でも、腹立つことに、コイツは現れてしまった。
どうするか・・・
代わりにチョコレートだけでも渡しておくべきか?
「岩ちゃん・・・」
岩泉の心の機微を、誰よりも察するのが及川だ。
同じコートに立っていた頃は、ほんのわずかな空気の変化から、彼の位置、調子、精神状態、果ては筋肉の動きまで感じ取っていた。
目線、口元の動き、呼吸の仕方で、今、何を考えているのか分かる。
「ヨシノ・・・俺にチョコを用意してくれてるんだね?」
「じゃなきゃ、わざわざ今日お前に会おうなんてしねえだろ」
「で、岩ちゃんはそれを“差し押さえる”つもりだと」
否定・・・できない。
すると、及川はその綺麗な顔に笑みを浮かべた。
「いいよ、差し押さえなよ」
「は?」
「そのチョコレート、ヨシノの本命だろ。だったら差し押さえちゃえば」
「何言ってんの、お前」
「そうすれば、俺はヨシノの気持ちを受け取ることができないし、“何か”を返すこともない。お前にとっては、願ってもないことなんじゃないの」
そうして、お前はこれからも彼女の隣にいればいい。
「・・・・・・・・・・・・」
岩泉は悔しそうに表情を歪めた。
ヨシノのチョコを及川に渡したくないという気持ち。
ヨシノの願いを叶えてやりたいという気持ち。
及川がムカつくという気持ち。
自分が情けないという気持ち。
様々な気持ちがグチャグチャに混ざり合って、もはやこの感情が何なのか分からなかった。