第2章 カカオフィズ(及川・岩泉)
コチコチ…と、壁に寄りかかった大きなアンティーク時計が音を立てる。
午前0時まであと十数分。
シンデレラならそろそろ慌て始める頃か。
しかし、ヨシノは眠り姫とばかりに起きる気配がない。
「・・・・・・・・・」
岩泉が顔色を確かめようと、横顔にかかった長い髪をそっとどけても、気づくことなく両目はしっかりと閉じられていた。
「ヨシノは駄目そうだね」
「起きるまで待つけど、最悪おぶってホテルに連れて帰る」
「どこまでカッコイイ奴なの、お前。ま、仮に下心あっても、これじゃまともにエッチできないだろうしね」
「・・・・・・・・・・・・」
「嘘! 嘘だって! そんな怖い顔で睨まないでよ」
ヘラヘラしている及川を見つめ、岩泉はやりきれなさを覚えた。
女たらしで、性格が悪くて、うざい。
なんでヨシノはよりによって、こんな奴に惚れたんだろうと思う。
けれど・・・
もし、惚れたのが及川じゃなかったら、自分はとっくにヨシノに告白していただろう。
フラれたらそれまでだが、誰よりも彼女を幸せにしてやれる自信がある。
ただ一人。
この女たらしで性格が悪くてうざい、ヘラヘラした男を除いて・・・
本当に・・・なんでよりによって、こいつに惚れたんだ。
「俺、そろそろ行くね。終電がやばい」
岩泉が黙り込むと、及川は目をそらすようにして腕時計を見た。
このバーの近くのホテルを借りている幼馴染たちと違い、及川の部屋は地下鉄を乗り継いだ場所にある。
かつて同じチームでキャプテンを務めた男は、ヨシノの顔を名残惜しそうに見つめた。
「次に会う時は、ヨシノには1滴も酒を飲ませないでよ」
「・・・ああ」
曖昧に返事しながら、岩泉は自分とヨシノの間に置いてあるハンドバッグに目を落とした。
半分だけ開いた口から、及川の好きな色のリボンが飾られた箱がのぞいている。