第2章 カカオフィズ(及川・岩泉)
「せっかく会えたのに、寝顔しか見られないのは寂しいね」
及川は曖昧に笑うと、マスターからジントニックを受け取り、岩泉を挟んでヨシノとは反対側の席に腰を下ろした。
「遅れてきたおめーが悪い」
「バレンタインだから、女の子達からの誘いを断れなかったんだよ」
「高校時代の仲間がわざわざ上京してきたっていうのに、そっちの方が大事なのかよ」
「だから、こうして日付が変わる前に来たでしょ」
“それじゃダメなの”と、ドライなジントニックを揺らす。
「・・・・・・・・・・・・」
カクテルグラスを掴む手つき。
綺麗にセットされたハーフアップの髪。
ブランド物の腕時計。
部活のジャージが正装だった頃とは、何もかもが大違いの及川。
それだけ時間が流れた、ということか。
「無言で俺を睨んでないで、そっちの近況報告でもしたらどう」
「近況報告って、別になんもねーよ」
「ていうか、右肩の調子はどう?」
すると、岩泉はピクリと反応し、少し苛立ったような目を及川に向ける。
「手術してからどれだけ経ったと思ってんだ」
「でも」
「いいから会う度に聞いてくんじゃねえよ、ウゼー」
「ごめん・・・気に障ったんなら謝るよ」
岩泉から選手生命を奪った手術。
その話をしたがらないということは、これだけ年月が経っても・・・
まだ乗り越えていないということか。
それを察した及川は、話題を変えるように明るい声を出した。