第1章 小鳥の巣(リヴァイ)
「エルヴィン、緊急事態を知らせる煙弾だ」
団長の脇を走っていたリヴァイが、右翼後方から上がる紫の煙弾を見て眉をひそめる。
その数分前には奇行種を知らせる黒の煙が上がっていた。
「初列・索敵班がクソな状況に陥っているようだが」
「・・・・・・・・・・・・」
エルヴィンはちらりとリヴァイを見た。
彼が言うその場所には、ヨシノが配置されている。
奇行種の出現から程なくして上がった、緊急事態を知らせる煙弾。
通常種の巨人を知らせる煙弾も連続して昇っていた。
・・・つまり、通常種が現れた直後に、奇行種と遭遇した。
奇行種に引き寄せられた巨人の存在も考慮すべきか。
「・・・進行方向を変えよう」
エルヴィンはそれだけ言うと、左に向かって緑色の信煙弾を放った。
後方に加勢を送るよう指示をしない団長に痺れを切らしたのだろう。
リヴァイは馬を寄せ、冷たい三白眼を向けた。
「・・・後ろを見てくる。俺の班はここに置いていく」
「リヴァイ」
「なんだ」
“勝手な行動は許さん”とでも言うつもりか。
それならば、リヴァイは従うだろう。
後ろの兵士達を見殺しにすることになろうとも。
壁外において、エルヴィンの命令は絶対だ。
「・・・多くの巨人の侵入を許しているかもしれん。気をつけろ」
しかし、エルヴィンはその言葉を口にすることは無かった。
「了解だ」
一瞬、団長と兵士長の視線が交差する。
緊急事態だからこそ、司令部は戦力の分散を避けた方がいい。
それでも、リヴァイに後方へ行くことを許した。
否。
リヴァイに、ヨシノの安否を確かめに行くことを許した。
それが、一番の信頼を置く男の愛する者を、一番の危険にさらしたことへの償いとなるならば。
「簡単に死ぬことは許さんぞ・・・リヴァイ」
自由の翼を翻し、荒野を駆けていく最強の兵士。
彼が見つめるその先には、羽毛すら生えそろっていない雛。
その小さな命の存在が、多くの命を救うことができる兵士の戦う糧となるならば。
「私は・・・自分が非情なのか、甘いのか分からんな・・・」
エルヴィンは冷たい眼差しで、荒涼とした大地を見据えた。