第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
木々を抜ける風の音
さわさわと囁くような草の声
森の木々の間を進めば、太陽の光は木々の隙間を縫って落ちてくる
細い光の柱に手をかざし、大きな木を見て目を輝かせ
小道の脇に咲く花や、出てきた鼠に兎
すべて興味を持って質問してくる湖
(こいつ…こんなに好奇心旺盛なんだな)
政宗は新たな湖の一面を感じ、面白そうに笑いながら三成と湖の声を聞いていた
幸村も同様
ただ、こちらは周りを警戒している
その様子に気付いた政宗が、幸村の横に馬をつけた
「なにをしてる?」
「別に」
「別にって事は無いだろう?なにを警戒してるんだ」
「…この辺は、少し前に隣国の奴らがちょっかい掛けてきた場所に近いんだ。片はついてるが、念のためだ」
「…へぇ」
(光秀が言ってたな…北条が上杉にちょっかいかけてるって…あれか)
「あれ?あの子達、けんかしてるの?」
湖が指を差したのは、狸だ
下にうずくまった狸の背中に乗るようにもう一匹の狸がいる
「いいえ。あれは交尾です」
「こうび?」
「そうです。ああやって子孫を残すんですよ」
「しそん?」
「子作りだな」
三成と話をしていれば、政宗の声が直ぐ側から聞こえた
「こづくり…?」
「湖様、赤子はどう産まれるかご存じでしょうか?」
「知ってるよ。お母さんのお腹から出てくるの」
「そうです。ですが、女性だけでは赤子は作れませんね」
「そうなの?」
傾げた首がなんとも可愛らしい
「そこからか」
はぁっと、政宗のため息が聞こえ三成も苦笑した
「あの狸がしている行為で赤子の…そうですね…赤子の種が出来るのです」
「たね?…でも、植物じゃないよ」
「ええ。存じています。ですが、形が存在しないものがこれから母親の腹の中で育っていくのです。まるで、種が芽吹くように、その形を作り上げていく…」
「…じゃあ、その種は何処にあるの?」
「上の父親狸が、母親狸に今それを送り込んでいるのです」
「え??」
視線を狸に向ければ、狸もこちらの視線を感じたんだろう
ひっついていた二匹が離れ、森の奥に逃げていってしまった
「あ。いっちゃった…」