第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
他は…
「あれ?幸…謙信さまと兄さまは?」
「あの二人は少し用だ。湖、お前…誰の馬に乗る気だ?自分じゃ乗れないだろう」
「ん。三成くんがいい」
「光栄です」
幸村が聞けば、予想通りの回答だ
「ったく」と悪態付くものの邪魔はしない
今日はただの見張りなのだから
呆れた視線で湖を見た幸村は、続けて聞いた
「で…お前のかかさまはどうした?」
「かかさま、お着替えしてるよ」
「そうか」
幸村越しに信玄が見える位置
信玄の胸を見れば、そこは
(ん。大丈夫。薄い色のまま)
湖は、ふふっと一人笑いをする
その視線に信玄は気付いていた
「湖―。なにを見てるのか…ととさまにも教えて欲しいものだな」
「んーーないしょ…気になる?」
「気になる」
聞きながらも笑うだけの湖
それにあきらめ顔の信玄
二人を見て兼続が首を傾げた
「なんの話で御座いますか?」
「湖ね、みんな大好きだけど。ひとつ、ふたつ、秘密の事があっても良いと思うの。だめ?」
「いえ、駄目ではございませんよ。ですが、危ないことだけはどうかおやめくださいませ」
「そうゆうのは、ちゃんと言うよ」
「約束でございますよ」
「うん、わかったよ。兼続」
兼続と湖は視線を合わせ、額を寄せるように約束を交わす
その距離の近さは
「ははっ。湖のととさまが増えたようだな」
親子の距離だ
「し、信玄殿っ。めっそうもない事でございます」
「兼続が…?ととさま……」
「湖様、そのような事は…っ」
少し間を置いて湖が笑った
「そうかも。兼続は、私に知識をくれる先生で。心配性なととさま…だね?」
にこりと笑う湖が兼続を見れば、彼は目を見開き
次に急に顔を隠すように手で覆う
「か、兼続??」
湖が戸惑うも、信玄はくくっと笑い茶を飲んだ
「か、感極まりまする…」
「かね、つぐ・・?」
「心配するな、湖。兼続は感激しているだけだ」
「そうなの?どうして?」
「さて…どうしてだろうな」
解っていて答えない信玄に、首を傾げたのは湖だった
賑やかな朝餉の場に、白粉も加わり
湖の小皿でいっぱいのお膳も綺麗に無くなる