第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
ぶんぶんと湖が頭を振れば、髪に結った鈴が鳴る
「ううん!いっぱい甘えて。私、ぎゅうってするよ。かかさま、大好きだもの」
そう言って満面の笑みで白粉を抱きしめるのだ
「そうか…」
ふふっと笑う白粉
その様子を兼続はちらりと見て笑みを浮かべていた
「さて…湖。兼続と先に行っていてくれ」
「かかさまは?」
「私は、着物をな…着替えてから行く…頼めるか?」
白粉の視線が兼続に向けば、兼続は軽く頷き女中を呼んだ
「湖様、先に参りましょうか」
「んっ」
湖の手が兼続の手を掴む
ゆるりと立ち上がって、手を繋いだまま歩き出した
「かかさま、あとでね」と振り返る娘に、白粉は軽く手を振る
そして入れ違いに入ってきた女中に着物を任せた
「湖様、足はいかがですか?」
「押すと痛いけど、平気だよ。あの…喜之介には、ないしょにしてね?」
「承知しております」
(昨日…謙信様は一応落ち着かれたが…喜之介はしばらく城には招かない方が良いだろう…)
繋がる手の主
湖を見て、兼続は小さく息を吐いた
「よお。湖、おはよう」
「おはよう、ととさま」
「よく眠れたか?」
「うん!」
部屋に入れば、信玄が初めに声をかけた
次は三成だ
「湖様、おはようございます」
「おはよう、三成くん。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「おい、湖。俺も行くぞ」
「政宗…なんか、政宗…久々に話した気がする…」
「俺もだ。まさかこんなに付き合わされると思わなかったからな…」
「…謙信さまにってこと?」
「当たり前だ」
政宗は少し不機嫌そうな表情を浮かべる
だが、口元は笑っているところを見れば心底嫌なわけではないように見えた
「…でも、政宗。楽しそうよ?」
「まあな。だが、今日は空いた。俺も付いていく」
はぁっとため息が聞こえる
兼続だ
「貴殿が同行されるのはいささか心配で御座いますが…某も本日は予定がありますゆえ、幸村殿にくれぐれもお願いするよりあるまいな…」
「…兼続。お前、本当に俺の事が嫌いだな」
「嫌いとは、ずいぶん子どもっぽいことを…単純に思考の違いでする」
「……お前…」
政宗と兼続は本当に犬猿の中だ