第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
(最近…実物を着ていたからか…)
そう、裸の白粉は兼続と向かい合って座って居るのだ
豊満な胸も、細い腰もすべてさらけ出し
びくりと身を震わせれば、急ぎ術で着物を出す
シュルリ…
絹の音がすれば、兼続は強ばっていた肩から力が抜けた
(気付かれましたか…)
ただし、まだ目を開けるわけには行かない
湖の声がした
(湖様が着替えるまで…)
この心音を落ち着けるにも、少々時間が欲しい兼続は
「湖様の着替えが終わりましたら、おしらせください」と言い
白粉達がいる方向とは別を向き座ると、目を閉じたまま深呼吸する
(おちつけ…落ち着け…)
「かかさま?」
(顔が赤い…?)
「湖、着替えろ…」
「うん…?」
白粉の様子を疑問に思いながらも、昨夜の事を思えば別の疑問がわく
「かかさま…湖、ととさまのお部屋で、ととさまと寝てた…よね?」
「あぁ。朝方様子を見に行けば、鈴になっていたからな。私がこちらに連れ帰った」
「かかさまが?」
「そうだ」
ますますおかしい
そんな顔を湖が見せれば
「…私と寝るのは嫌か?」
と、白粉が真剣な眼差しで聞くのだ
「っ、嫌なわけ無い。かかさまが一番好きだよ…でも、今までお迎えに来てくれた事無かったから…ちょっと不思議に思ったの」
「…そうだな」
その通りだ
湖が何処で寝ていても、寝ている途中で迎えに行くなど
あらかじめ預けているのを迎えに行くことがあっても、
寝ている場所を探して引き取りに行くなど無かった
(この手で…湖を抱きしめる期限が限られている…お前が大きくなるたびに…感じるようになった)
「かかさま?」
「私だって…娘の体温が恋しくなることもあるさ」
(忘れないように、最後の最後まで覚えていられるように…抱きしめていたいなど…陳腐だな)
着物を着ながら耳に入るのは、優しい声色
足の痛みは無理さえしなければ、もうほとんど無い
あの立てないまでの痛さはまるで台風のような勢いで襲い、家康の薬のおかげか徐々に遠ざかっていった
最後に湖が気に入っている越後縮の赤い帯だ
今日の桃色の着物によく似合う
「かかさま…甘えん坊?」
「…そうだな。私が甘えては駄目か?」