第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
翌朝、湖は白粉と共に鈴の姿で丸まって寝ていた
白猫と沿うように眠る煤猫
すっかり日課になった兼続の早朝湖探し
今朝は一番に向かう先で見つけ、頬を緩めた
(昨夜の食事あと、白粉殿とはお話出来ませんでしたが…杞憂だったようですな)
猫ではあるが、穏やかな寝息に安堵した兼続は二匹の側に寄っていく
そして、体には触れず小さく名を呼んだ
「白粉殿…鈴様、湖様。おはようございます」
(この煤猫は、本日はどちらか…起こしてみなければ解らないのは仕方ありませんね)
ぴくりと、白粉の耳が動いた
その片方は斬られたあとがあり、不格好な耳の形をしている
(この耳…一体どのようにしてこうなってしまったのか…)
傷跡を人差し指で沿うようにすれば…
白粉の目がうっすら開き、兼続を見た
にゃぁ…
白い牙を見せ、甘え声で鳴くのだ
(な・・なんですか…っそのような無防備な…っ)
まだ夢見心地なのか、白猫は自分の近くにある指に体を擦りよせる
「っ?!」
(ね、寝ぼけて・・いらっしゃる…)
「お、白粉殿っ、湖様とお間違えでは…っ」
驚いた兼続が手を引くと、まだ開ききっていない瞳で白粉が首を傾げるのだ
(っ…、猫っ、猫で御座いますよ!!何を動揺しているっ…)
どきりと跳ねた心音がなんなのか?
訳が解らないと、兼続がその視線を外せした
その直後だ
視界に入ったのは
「兼続…なぜ目を背ける?」
女の手だ
細い指、白い肌
湖とは異なる凜とした花の香り
(っ…着物…が…)
魅入ってしまう肌
だが、おかしいのだ
手を辿っていっても、二の腕になっても…着物が見当たらない
これ以上は視線を向けられないと、兼続は真っ赤になって白粉に言う
「白粉っ殿!起きてくだされっ!!」
「っ…!?か…かね、つぐ?」
白粉の前には、耳や首を真っ赤に染めて、なおかつ目を閉じて横を見る兼続がいる
そして自分の横には、今の声で起きた鈴が湖の姿に変わっていた
「んーーー。かかさま、おはよっ」
にこっと笑う寝起きの良い湖に
「あぁ。おはよう」
と、湖の体に着物を…と手を動かしたときに気づいた
自分の姿が湖と同様だと言うことに
着物を羽織っていないのだ