第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
はぁとため息をつく白粉の姿を信玄は見ていた
(こっちはこっちで、何かあったか?)
兼続に対する白粉の空気が少し違う
以前に増して線引きをしたような接し方を白粉がするのだ
「では…石田殿。お待たせ致しました」
次こそ部屋を出て行った兼続と三成
その後ろ姿を追うように白粉の視線が動いた
(無意識で追っているな…)
黙っていた湖は、白粉の膝に手を乗せると
「かかさま?兼続とけんか?」
と、首を傾げるのだ
こどもの感は本当に鋭い
白粉は「別に何も無い」と湖の頭を誤魔化すように撫でる
(夕方、あぁは言ったが……白粉には悪いことを言ったか…)
白粉が線引きをした理由に想像をつけた信玄
手元の酒を揺らし、「そうだなぁ」と誰にでもなく小さく声に出していた
湖が完全に戻るまであと四ヶ月程
白粉の残された時間も…それと同様
(「母親」「妖」「仮初めの時間」…湖は成長するのにな…)
白く小さな妖は、我が子の成長と共に時間を失うのだ
(…遠巻きに…まるで自分を見ているようなんだ……命が削られる…自分を)
酒を飲めば、湖が目に入る
幸村と佐助と楽しそうに話す湖が
(命が削られる…はずなんだがな…近頃そうは思えない。いや、実際そうなんだろう…湖、お前…一体、彼らと何をやってるんだ…)
湖が自分の病を落ち着かせている
それは、確信している
聞き出せないが、それは登竜桜から得た力なのだろうと言うことも
(体が軽い。だんだんと胸の苦しさも減っている…通常ではあり得ないだろう)
神だという登竜桜の力を持ってすれば可能なのかも知れない
だが、彼女は故意に人間に力を貸さないという
ならなぜ自分は助けられているのか
湖がなぜそれができるのか
(聞き出せないなら、考えるのも無駄だな…こればっかりは、情報を引き出す先もない)
白粉や佐助が口を割るわけは無い
幼い湖すら黙るのだ
当然、登竜桜も答えないだろう
(…本当に……君は天女だなぁ)
不思議な事を抱える娘
鈴の事も
この幼い湖も
妖や神
それに、安土との同盟も
(湖が現われてからだ…君は…選ばれて此処に来たのかもな…)