第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「どこに行くんだ」
『……着物だ。此処で人に戻っても着物がない…術で出せば、あいつが五月蠅い』
「あぁ、なるほどな…だが、俺は構わないぞ。いい女は目の保養になる」
『そうゆうのは人間の女に言ってやれ』
それを言えば、ついっと襖の隙間から外に出てしまった白粉
鈴は一瞬白粉の姿を追ったが、すぐに信玄の手で撫でられ喉を鳴らし始める
「お前のかかさまと、兼続…良い組み合わせだと思わないか?」
にゃーん
鈴が機嫌の良い鳴声を上げた
(…ばかばかしい……)
城の廊下を我が顔でど真ん中を歩く白粉
そんな白猫を愛らしく見守るのは、家臣や女中だ
現われた当初は、どうすべきか困ったが
謙信の部屋には、時折兎団子が出来ることもある
信玄の部屋先には小熊も
そして幸村が連れ歩く山犬
そんな武将達が猫たちをそのままにしておくので、彼らもまた住人として白粉と鈴を見守っていた
ただ白粉と共に現われたこの猫
彼らは、白粉と白猫を同一人物だと把握していない
白猫を「しろちゃん」、煤猫を「すすちゃん」と呼び、どうにかその毛並みに触れようとするのだ
鈴は割とどんな人にも懐いた
抱き上げても怒りもしない
だが、白粉は別だ
近づくなという雰囲気を作りだし誰も近づけないのだ
それに気づかず近付こうものなら、冷たい視線であしらわれる
「あれが、またたまらんのだ!」
「…お前、おかしいぞ」
白粉の姿を追いかけるように歩く家臣二人
「こう…なんだ。美女にあしらわれているような感覚に陥る!あの毛並みに、額には不思議な桜模様だぞ。神秘的な猫だ!」
「…俺、あの猫は「白粉様」だと思うんだが…」
そのうち一人の感は良く、少しずつ白猫が白粉だと思う者も増えている
「白粉様のあの姿(妖の姿)も良いが…白粉様は馬より大きく化粧もしていただろう。あれは、普通の猫だ」
「普通の猫が、額に桜模様なんて…」
「だから神秘的なんだ!もし仮に、あれが白粉様だとすれば、煤猫はどうなんだ!」
「確かに…あの煤猫は解らないな…」
フンと鼻を鳴らす家臣
「とにかく、どうしてもっあの「しろちゃん」に触りたいっ!いや、抱きたいっ!」
「奥さん泣くぞ…」
此処にも猫好きの家臣が一人
どうにかして白粉を抱き上げたいのだ