第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
三成は、湖の泣き顔も様子も、そしてその理由も直接聞いた
廊下を歩く姿で何処かに怪我しているだろうことも勘付いていた
だが、口出ししてはいけない
「今の湖様は童です。大人が介入していい場合とそうでは無い場合…踏まえているだけです」
湖のそこは次の日には真っ青に染まることになる
蹴られたとはっきり解るくらいに
もちろん佐助の薬で痛みはないし、着物で見えはしない
だが、成長痛の痛みが家康の薬で落ち着いてきた矢先の事で
兼続は申し訳無さを存分に顔にしめしていた
その夕方
泣き疲れて湖が寝て、久しく出てきた鈴が足をぴょこぴょこ引きずって歩いていた
それを猫の姿の白粉が、首をくわえて時折歩き鳴く
猫同士の会話だ
何を言っているのか解らないが…
「白粉、怪我の具合はどうだった?」
信玄が、そう白猫に聞けば猫が答える
『そうだな…人の姿であれば支障無いが、鈴は違和感で嫌なようだな』
「今は鈴か」
『湖は眠っているからな』
猫の時、白粉の声は頭に直接響くような
人の姿の時とは違う聞こえ方がする
ぺろりと鈴の額を舐める白粉、そんな白粉の尻尾で遊ぶように彼女の周りをグルグル回る煤猫
信玄は苦笑し「謙信がな…」と先ほどの事を話し出す
『…本当に、お前達は面白いな』
「なにがだ?」
『湖の事になると皆騒々しくなる』
くくっと猫が小気味に笑う
「…俺には、お前も同じに見えるがな」
そんな白粉の頭を撫で、信玄がそう言う
しばらくそのままにされていれば…
「ずいぶん懐いてくれたしなぁ」
くくっと笑い声が聞こえ、はと気づくのは白粉だ
撫でられるのが気持ちよくついされるがままになっていた自分
ぶるっと頭を振って
『…若造…あまり舐めるなよ』
と威嚇するが、信玄は相変わらずにこにこしているのだ
『…信玄』
「だけどな。俺より、兼続に触らせてやったらどうだ?」
『……は?』
鈴は尻尾に飽きたようで、信玄の膝の上で遊び始めた
「あいつ、触りたがってるぞぉ。口には出さないがな」
『…ばかばかしい』
白粉は信玄に背中を向けて部屋を出て行こうとする