第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「…私が大きくなったときに桜さまが色々教えてくれるんだよ。それまでは、今を楽しく過ごせって言われてるもの」
「ますます怪しいな…お前、実はだまされてんじゃないのか?」
「うーん」と腕を組み目を瞑った喜之介には、湖の表情は見えていなかった
見えたのは、喜之介が次に口を開いたときだ
「ま、あの兼続様が親しくしているんだ。そんな事は……おい?どうした…っ」
喜之介と目が合えば、湖は自分の文机を倒し立ち膝のまま喜之介の方へ…
バチンッ!!
平手で頬を打てば、手にもジンジンとその痛みが走る
「なっ!?ぃってーだろ!!」
喜之介は叩かれた頬に手を添え、湖を睨む
だが湖はそのまま喜之介に跨がって更に叩くのだ
ドコン…
兼続の文机も倒れ、上に乗っていた筆や墨が転がった
「だっ!いってーって!!やめろっ…いい加減にしろよっ!!」
バンッ!!!ガタ…
喜之介が足で湖を蹴れば、湖は喜之介の体の横に落ちる
「なんだよ!急にっ!!くそっ…血出てるだろっ!」
確かに、叩かれ頬は爪が引っかかたのか薄く血が滲んでる
「おいっ」
ぐいっと、横にいた湖の髪の毛を引っ張れば
喜之介の手についた墨が、湖の髪の毛を黒く染めた
その手をはらわず、ただ喜之介を睨めば
「…な、なんだよ…お前…」
(急になんだよ…っなんで、こいつが泣くんだよっ)
睨む湖の目から、ぼろぼろと落ちる涙
「っ…かかさま、は…かかさまは、湖の大事な…か、かさまなの…」
「だからって何だよ!?」
「きの、すけ…っ、ひどい事言った…!」
掴んでいた髪の毛から手を離す
ぱらぱらと落ちていく髪の毛が湖の表情を隠した
稲穂色の髪に、はっきりと色づく黒
(あ…)
喜之介は此処で自分の失言に気づく
疑問に思ったままを口にだしていた
例え血が繋がっていなくても、妖でも、親だと思う人間を否定し悪態をついたことを
「あっ…あや、まって!!!」
湖は、それに怒ったのだ
殴るほどに怒っていた
「……」
墨汁が二人の着物を転々と黒く染めた