第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「そーよ。よく「はぁ」ってため息はつかれるけど、ととさまみたいに湖のこと怒らないもの」
「湖、俺も怒った覚えは……あぁ…あるな…」
「ととさまは、もう何回もあるよ」
信玄の方を向く湖の手は未だ三成の腕に回されたままだ
「湖様…あの…」
「あ、三成くん。ごめんね、お着物皺になってない?」
「いえ、いいんですよ」
すぐ側の三成から名を呼ばれ、はっと気づいた湖は手を離した
そしてその着物を撫でるように直す
「あ、ありがとうございます」
(この湖様は…なんでしょう…こう、遠慮無しと言うか…躊躇ないというか…)
「ううん。湖が皺つけたんだから…」
三成は六歳の湖と九歳の湖、それに大人の湖と
比較して見てしまう
(いけませんね…なんでも、こう分析してしまうのは…)
だが、思ってしまう
(三つの湖様は、無邪気で誰にでもにこにこと愛らしく…六つの時にはその集中力と、好奇心に感心し…そして、九つの湖様は、なんというか…臆さない…)
もう少し見てみないと解らないが、三成は眉をしかめる
(危なっかしい…そう思えてしまう)
そんな様子を見ていた政宗が誰ともなく聞く
「なんだか、ずいぶん大きくなったな…もう嫁にだしてもおかしくないだろ?」
「なんの冗談だ」
「例えだ。例え…それにずいぶん此処に馴染んでる」
信玄が答えれば、政宗は笑って…最後は少し表情を押さえてそう言った
「ね、かかさま。かかさまも一緒にお話聞こう?」
「私は別に」
「だめ!かかさま、すぐどっかに行っちゃうんだもん。一緒にお勉強しようね」
湖はあれ以降、極力白粉と共に居ようとする
兼続に教えを問うときも、佐助の部屋で薬学の勉強をするときも
その様子に、白粉が戸惑うほどに
「…少し散歩に出歩いているだけだろ?」
くすっと笑みを零せば、湖は少し赤くなって「だめ」と言うのだ
「…それに、以前に増して母子らしさが増した」
「…そう見えるか?」