第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「一人で馬に乗れるようになったら、海に連れて行ってくれるって謙信様が約束してくれたんだよ。それにね、兼続はちょっと面倒になることもあるけど、お勉強教えてくれるの。すごくわかりやすいの」
抱えた湖は思い出し笑いしたようで、クスクスしながら
「兄さまは、湖の心配ばかりしてるけど、いつも見守ってくれてる。ととさまは湖といつも一緒にいてくれて、湖の好きなことを見つけてくれる」
「でね」
「かかさまは、湖のお話をいつもも全部聞いてくれて。いつも抱きしめてくれる。大好きがすごく感じるの」
一生懸命、あれとこれと…と話をする湖を遮らないように、黙ったまま湖を抱え歩いていた信玄の歩みが止まる
湖は、それには気づいていない
「私ね、みんなが大好き。だから、贅沢だなって」
ふふっと笑って信玄を見上げた湖に
「そっか」
「ととさま?」
「湖は、幸せか?」
「もちろん。幸せすぎて、ほっぺ痛いくらい笑っちゃう」
夕方、日が沈もうとしている
もうすぐ城の門が間近というこの場所に聞こえた声
「信玄殿―、湖様―」
その方向をみれば、兼続が居るのだ
「あれ?兼続?」
「すっかり湖の世話役だな…心配で出てきたんだろう」
この夜、湖は信玄と過ごしていたが、夜中は鈴に変わっていた
鈴は信玄と一通り遊ぶと、いつものようにふらっと外に出て行った
「鈴…いいんですか?信玄様」
「大方佐助のところにでも行ったんだろう。城内から出ることはないから大丈夫だ」
幸村にそう言うと、信玄は日中の事を思い出し幸村に聞かせた
「幸…湖はお前が好きだと言ってたぞ」
「…っ?!は、なっ?」
一気に赤くなる幸村を見て信玄は笑うと、帰りがけの話を聞かせる
「なんのことだと思えば…それなら直接言われましたよ。余計な一言もあったけどな…虐めているつもりはねぇ」
「幸は虐めてるんじゃなく、からかってるんだろう?好きな女は…」
「ばっ、?!あんたじゃないんだ!!誰があんな小娘…っ」
(おやおや…これは、もしや)
「…ちげーからな」
意味深な視線を感じたのか、幸村が改めて否定をした