第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「あれ…関節痛って…じゃあ、昨日家康さまが作ってくれたお薬に「さんしょう」はいってたの?」
「そうだね」
「さんしょうって、あんなに苦いのね…」
思い出したように口を覆う湖を見て笑いが漏れる
「さんしょうに限らず、良い薬は苦みも強い物が多いよ」
そんな時間を過ごしていれば、時はあっという間に過ぎていく
「おい、飯だ」
幸村が三人を呼びに佐助の部屋に訪れれば、そこには薬草がずらりと広げられた光景があり
「あ。ゆき!そこ、ふんじゃだめよ!」
襖の近くまで半紙の上に並べられているのだ
「…何をやってるのかは、見ればわかるけどな」
むんずっと、湖の襟元を掴むと脇に抱えて歩き出してしまう幸村
「わ、わぁっ?!」
「ひとまず、飯だ。おら、お前達も来いよ」
「了解」
「…はぁ…」
「ゆき?なんか、朝からご機嫌ななめ?」
「別に、そうゆうのじゃない」
「なんか、家康さまにぷんぷんしてない?けんか?」
「…お前は気にしなくてもいい」
小脇に抱えられている湖は、幸村の様子を伺うように声を掛けたが、
幸村は答える気がなさそうだ
(誰が言うか…安土の奴らの方が、湖をよく理解しているなんて…)
「はぁ…大人げないな…」
自らを戒める言葉
湖の耳にも入るが、自分に言ったようには思えないこの言葉を黙って聞き流した
「ゆき、湖ね。ゆき、好きだよ。意地悪だけど」
「…なんだ、それ」
ふっと笑い出す幸村に、湖は安心したようにへへっと緩く笑った
昼を食べれば、今度は兼続のところに行ってくるという湖
休むようにと、声を掛けたが聞く様子はない
結局、兼続が湖を抱き上げ部屋へと連れて行ったのだが…
「あれは、どう見ても…」
「そうですね。白粉さんが居ない不安を紛らわしているみたいです」
佐助の答えに、「そうだよな」と信玄が茶をすすった
その場にいた家康もまたその様子に気づいていたようだった
「…徳川 家康、貴様は少々俺に付き合え」
「何…」
「何も、ただの息抜きだ」
謙信がどこに行くかは考えずとも解る
(政宗さんが言ってたからな…)
「……いいよ」
(今…俺が、湖にしてやれることなんてたかが知れてる。なら、何も考えない方が良い)