第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「…どういうことだ?この前、湖と一緒に土地神にあったばかりだろう…」
「さあな。だが、そう書かれている」
「お前…まさか、これから向かうのか?」
「これだけではさっぱり解らん上、あそこは知るものでなければ辿りつけんだろう」
手紙を返せば立ち上がった謙信は信玄に「朝には戻る」とそう言った
「念のため…」
「解っている。佐助を連れて行く」
「あぁ。気をつけろよ」
返事をせずに閉まる襖
今夜は満月
月夜の光が道を照らす
森に入れば、登竜桜が気づくだろう
獣たちに襲われることはない
(ちょっかい出してきていた奴らもここ数日大人しいからな…心配はないだろう)
「ん、うん…」
返事をするような湖の小さな声
それに苦笑すると、信玄も瞼を下ろす
(…九つか…その頃、俺は何をしてたかな…幸村の事なら良く覚えているのにな…)
それから二刻半程(五時間)
時刻は丑の刻(深夜二時くらい)に入ろうとする頃、古木のある森に着いた二人はすぐに招き入れられた
『まさか来るとな』
登竜桜の空間には時間の概念がないようだ
三度目になるが、以前同様の青空に暖かな空気なのだ
違うのは
「白粉さん」
古木の根元で寝ている白猫がいること
『…こやつはすでに死んでいる身なのだ。なのにも関わらず、巨大化や妖術など使う…仮だとしても入れ物に負担をかけすぎなのだ』
「起きるのか?」
『手紙を出しただろう?三日もあれば、元に戻る。それまでは、あの通りだがな』
謙信や佐助の到着にも反応しない猫は、死んでいるかのように動かなかった
「…大丈夫なんですか?」
『くどい。儂が居るのに、何を心配する…それより、湖はどうしている?』
「白粉さんのことをずいぶん心配して…桜様の手紙が届くまで食も進みませんでした」
『あぁ…そうか。湖には伝えなかったのか…まぁ、それがいいだろう』
二人の思考を読み取ったのか白粉が手を打った
現われた敷物に三人が座れば、竹筒の飲み物が出される
『悪いが、酒はもうないのでな』
出された物に口をつければ、それは水とも酒とも言えない飲んだことのない液体だった
『悪いものではない。むしろ人が飲めば、その調子が整うようなものだ』