第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
それから…
夕餉の時刻になっても白粉は戻らなかった
夕餉の時刻まで、佐助の部屋で家康と話をしていた湖
だが、その時間になり
広間に行っても見当たらない白粉の姿に、急に不安な顔を見せ始めたのだ
「白粉さん…どうしたのかな…」
「そうだな…黙って抜けてもこんなに長時間いなかったことは無いな…」
佐助と信玄の声が耳に入る
出された食事もいつものようには進まない
小皿に盛られた食事も綺麗にのこったままだ
(…かかさま……)
「…湖」
家康が、そんな様子をじっと見て名を呼んだ時だ
閉ざされている襖の向こうから
キュイキュイ
「鳥…?」
幸村がそっと襖を開ければ、小さな鳥が広間に入るのだ
「あ、食事時に…っ」
キュイキィ
兼続が鳥を出そうとすれば、その鳥は湖の側まで寄ってくるのだ
佐助はまずいと、とっさに湖の前に出ようとするが…
「桜さまの匂いだ」
「…なに…?」
謙信がそれをみれば、その鳥はツグミだった
その足には紙が括られている
手を伸ばし、ツグミを柔らかく包み込むように持つと足から紙を外してやる
そうすれば、ツグミは勝手に部屋を出て行くのだ
「な…なんと…」
兼続がそれを追い見たが、あたりは闇夜
そうそう姿は追えない
襖を閉めると、全員が謙信を見た
謙信は、巻かれた小さな紙を開き無言でそれを見る
「登竜桜が白粉に用があるそうだ。三日後に戻すと書いてある」
「桜さまが…?かかさまに…?」
そう聞くと、湖の肩がくてんと下がった
側にいた佐助が慌てるも、湖は「そっかぁ…」と声を漏らし
「よかった、なにかあったのかな…って思ったから…よかったぁ」
目頭にうっすら涙が見えるが、その顔は安堵の表情だ
「湖さん」
佐助に呼ばれて、えへへっと笑うと「なんか、お腹すいてきちゃった」と箸を取り直した湖
「湖、大丈夫か?」
「うん!かかさまが、桜さまと一緒なら安心だもん」
「そうか」
信玄が湖の頭を撫でてやれば、「でも…」と言葉をつなげる
「桜さま、かかさまに何のご用だろう?」
謙信は受け取った紙を懐へしまった
ー白粉の不調を治す為、三日預かるー
そう書かれている手紙を