第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「…湖は、湖だね…湯浴みのあと、身体冷やさないように」
そう言いながら薬箱をもって立ち上がる家康
「え…?もう帰っちゃうの?夕餉は?」
「…城下で食べる。俺の事は気にしなくていいから。明日の朝、また来る」
「え、えぇ?!湖、家康さまともう少しお話したい!」
「…そうゆうの…いいから」
わしっ…!!
小さな手で袴を捕まれれば…
「家康さん、俺も是非ともゆっくり話を聞きたいです!こんなにゆっくり争いも無く話が出来る機会なんて…逃したくないです!歴史ファンとして、徳川家康と語り合えるなんて…こんな…こんな喜びっ」
がしっ!
細身の少年の手で手を握られ…
「…俺は、夕餉を食べる気も、語り合う気もないから」
「「だめ(です)」」
「……」
「おいおい…湖、佐助。鬼を捕まえるような顔だな」
くくくっと笑いながら、いつから様子を見ていたのか
部屋の入り口に信玄が襖に寄りかかるように立っていた
「武田 信玄…」
「うちの子達のお願いだ。夕餉くらい一緒に食べていけば良い」
未だ離さない両者の手を見ながら信玄が言えば…
「…ずいぶんと面倒なこどもなんだけど」
そう盛大なため息をついた
「こどもなんて、わがままで、まっすぐが一番だろう」
信玄はそう言い、笑うのだ
「…解った…」
しぶしぶ返事をした家康に、湖と佐助がお互いの手をパチンと当てて喜ぶのだ
「湖さん、ナイス!」「兄さま、やったね!」
「じゃあ、家康さん。とりあえず、俺の部屋に…あ、可能なら署名を頂きたいものが」
「何?なんの書状に署名させる気…」
「あ。そうゆうのではなく、記念に。ぜひ、サインを!!」
「さいん…?」
「あぁ。佐助は武将の署名収集家なんだ。特に悪意に使う事も企みもない。俺にも書かせたくせに、見せてくれたこともないくらいだ」
「もちろんです!あれは、俺の宝物ですから。国宝級です」
疑わしい視線を佐助に向ける家康
「湖もっ、あ。私も行きたい!!かかさま、今お散歩行っちゃっていないの。私も、佐助兄さまのお部屋で、お話聞きたい」
「ん?そう言えば、白粉を見ていないな…どうしたんだ、湖」
「かかさまね、湖が寝たら、ちょっとお散歩してくるって言ってた」