第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「…そんな奇っ怪な事があるわけ」
「あるのです。白粉殿は神の使い。神隠しに遭われた湖殿を救い出し、湖殿はそのおりに越後の土地神の加護をうけておる。とある理由で、湖殿は一度赤子から時をやりなおしているから、ひと月ごとに三歳ずつ成長されるのだ…そう説明したな」
「そんな夢話…」
「あるのー。だって、湖が今そうだもん」
えへへっと、今度はこどもらしい笑みを浮かべれば
「……」
「あれ…?喜之介?」
目を開けたまま瞬きもしない喜之介は…
「また気を失ってるよ。喜之介器用だね…ね、兼続」
「まぁ、初日はこうなること想定済みです。湖様、白粉殿、申し訳ありませんが、今日はここまで。お部屋にお送り致しましょうか」
「いや。いい」
今まで黙っていた白粉は腰を持ち上げ、湖の側に来ると、その身体をふわりと抱き上げた
「その小僧の事をみれやればいい」
そう言うと湖を抱きかかえ歩きだす白粉
「兼続、喜之介…明日は大丈夫だよね?私、なに勉強したいか考えておくね」
「はい。是非、湖様の興味があることを」
勉強部屋をあとにし、歩いていると急に立ち止まった白粉
湖を抱えたままで後ろを振り向いた
「…かかさま?」
クンクンと、鼻を効かすような仕草をし…
「湖、謙信のところへ行くぞ」
「え、…うん?」
部屋には戻らず、向かう方向を変えた白粉は謙信の部屋に急いだ
「謙信、居るか?」
「入れ」
声がかかって襖を開ければ、そこには信玄と幸村の姿もある
「今、二人の匂いを感じたが…もう把握しているようだな」
「さっきな、書面が届いた。途中に川の氾濫があって届くのが遅れたようだがな。君のその鼻…ずいぶん便利な物だな」
信玄が白粉に向かってそう言う
白粉は立ったままで「そうか」と返事をした
「まさか彼奴がこの城へ来るとな…」
「執着しているんだろ、そいつに」
幸村が湖を見てそう言えば、湖は首を傾げて「誰かくるの?」と白粉に尋ねた
それに答えたのは謙信だ
「織田 信長、徳川 家康…この二人が、今日此処に来る」
「信長さまと、家康さま…えっと…黒い着物の人と、黄色い着物の人?どっちが信長さまだっけ?」
「…黒い方だな」