第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
足の痛みも成長の過程
どうにか壁を伝って歩ける距離、どの位で痛がっているのか
そんな些細なことを観察し、湖の要望もあって喜之介との勉強を始めたのは八日目の事だった
「うーー。さすがに退屈だったー。兼続、今回はどんなお勉強をするの?」
「そうですね…湖様は何を勉強されたいでしょうか?」
「勉強したいこと??うーーーん…急に言われても…」
城内に用意された勉強部屋で、兼続と湖、それに縁側に白粉が居れば…
新たに知らない足音が近づいてくる
その人物は、部屋の前に座っている白粉に一瞬驚き歩みを止めたが、相手が自分に振り向きもしないので再びゆっくりと部屋の前まで近づいた
「兼続様、喜之介です」
「ああ。来たか。入られよ」
顔を上げ、目に入ったのは自分より少し年上に見える女子の姿
美しい稲穂色の髪の毛に、見覚えのある桃色の髪飾り
チリリン…
そんな音にも、聞き覚えはある
だが、知らない顔だ
「こら、喜之介。畳の縁を踏む出ない」
「あ…申し訳ありません」
その子は、喜之介を見るとにこりと笑って片手を振っているのだ
(だ、誰だ…どっかのお姫様か?)
その子の様子に、驚きながらも少し離れて横に座れば…
「喜之介、久しぶり!今日から一緒に勉強しようね」
喜之介は会ったこともないその女子にそう言われて眉をひそめ、返事も出来ずにいる
その様子に兼続は小さくため息をつくと…
「喜之介、湖様だ」
と、女子の事をそう言うのだ
「…は??」
喜之介は理解できない
数日前にあった湖は、六歳の自分より小さな童だ
だが、今横に座っているのは自分より年上に見える女子なのだ
背も、見た目も大人びていて、あの童とは全然違う
(髪や目の色は同じ…顔も…似てる…姉妹か?)
「喜之介、本人ですよ」
兼続は、そんな喜之介の心情を読むように断言すれば、喜之介の表情はますます曇っていくのだ
「私ね、九つになったの。これから一ヶ月だけ、喜之介と同い年だよ」
ふふっと笑う湖
その声には聞き覚えがある
「…嘘だ…」
「嘘でも夢でもない。城内の女中、家臣全員承知の事。この方は、湖様で間違いありません」