第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
幼い童はそれから、白粉か信玄を布団代わりにして眠るようになっていた
(小さい湖さんならまだしも…こんなに大きくなった湖さんの素肌に触って良いのか…いや、だめだろ…)
九つの湖が、自分の上で裸のまま寝ているのだ
寒いと感じたのか、佐助のかけていた羽織にくるまり始めたのはいい
だけど…
(それをされると、俺と湖さんの間の仕切りが無くなるんです…)
「かんべんして欲しい…」
ぐりぐりとすり寄ってくる湖
(香り…っが…っ!)
佐助は貯まらず、強引に湖を下に下ろす
そうすれば、自分が上になって四つん這いで湖を見下ろす形になるのだ
湖は、何事もないように
横向きになって羽織にくるまり、くーくー寝息をたてているのだ
甘い香りが鼻をくすぐった
(ほ、んと…まずいから…)
まだ日の明るくならない時刻
それだけが救いだった
どっとうなだれると佐助は、自分を兄だと慕う妹をぐるぐるに羽織で来るんで抱き上げ、静かに廊下を歩き出した
途中誰か起きはしないかと、慎重になる自分に
(疲れる…今日…夜は鈴も入れないようになにか対策を考えなきゃ…)
そんな事を佐助が思っていれば、気配なく現われたのは…
「佐助」
「っ、け、謙信様」
謙信だ
無表情の佐助の腕には、湖の姿が
「…貸せ」
「あ、はい」
湖を受け取ると謙信はそのまま自室の方へと引き返していく
「…まだ九つですからね。謙信様」
佐助の小さな声と共に太陽が顔を出し始め、春日山城の人間に朝を告げるのだ
その朝、当然のようにバタバタと走る音が聞こえ…止まらない
ついには、自分の部屋の近くにも…
シュ、…タン!!
「さ、佐助殿!!湖様はご存じありませぬか!!」
「おはようございます。兼続さん」
「あ、これは失礼。おはようございまする…では、ありませぬ!湖様をご存じありませぬか?!先ほど部屋に行けば、白粉殿も居らず…いや。白粉殿はすぐにそのあと見つけたのですが、湖様が見当たらないのです!白粉殿は朝方散歩に出られ…戻ってきたら、鈴が居ないのでどこかで寝ているんだろうと仰るんですが…そんな呑気になど…っ……佐助殿?」