第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「頼んでいた物は出来ているか?」
「はい、もちろんです」
機織りの一人が、謙信に言われ持ってきた物は、桃染色の生地に絞り柄の入った反物だった
花びらのように入った柄は、まるで桜の花のようで
「わぁ…かわいい」
「お気に召して頂いて安心いたしました」
「え?」
機織りがその柄を見せながら、謙信に向かって微笑んだ
「これは、お前のものだ。城に戻ったら、着物を仕立てる」
「…私に…」
手渡された反物
通常の着物生地より軽く感じられるそれに湖の視線が釘付けになり、そして間を置き
「嬉しい…謙信さま、ありがとうございます」
うっすら頬を染め満面の笑みで、謙信に礼を言うのだ
「あぁ」
頷くように返事をすれば、機織りも満足そうに頭を下げた
「謙信様、もしよろしければ…これも」
続けて機織りが横の箱から取り出したのは、反物よりも細い生地
「これは」
「今新たに思考していた品なのですが…本日、姫様のお着物を拝見し、是非お納め頂ければと思いまして…」
それは、越後縮の帯だった
絞りの入った細い生地は柔らかく、赤から桃色に染まっているのだ
「きれいな色…」
ほぅと、湖も小さく息をつく
「気に入ったか?」
「うん。すごく素敵だと思う」
反物に、帯
帯は、この他にも試作品だがと数本貰って湖達は城へと引き返した
「謙信さま…反物を見せに連れて行ってくれたの?」
「そうだ。本当は、少し先を予定していたんだがな…お前の身丈なら十分着こなせるだろう」
「…っ、ありがとう!謙信さま」
馬で城へ戻りだしたのは、城を出てから数刻
すっかり昼餉の時間を過ぎていた
今、ちょうど寄れるのは朝寄った茶屋だ
寄れば、茶屋の亭主は「おかえりなさい」と気さくに声をかけてくる
湖は、童らしく「ただいまー」と返事をして見せ、亭主とにこにこ話をしていた
謙信は佐助の方を見て「行け」と命じたが、その声は湖には聞こえていないだろう
「亭主、少しの間。その娘を見ていてくれ…直ぐ戻る」
「へい。かしこまりましたよ」
「え…謙信さま?」
湖は、急に言われたそれに驚き、同時に佐助がいつの間にか居ないことにも気づいたのだろう
不安そうな声を出すのだ