第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
『小さな花を手に…』
そう歌った時、雀が1羽湖の膝に飛び乗った
「…え?」
気づいた湖は、目を開けて
膝でチチッと首を傾げる雀に驚くのだ
それに、その瞳が揺れた
(まずい…ッ)
直ぐに気づいた佐助が湖に駆け寄ると、雀は飛んで行ってしまう
雀を追うその目をそらすため、湖の頬に手を添え、自分の方へ顔を向けさせた
「湖さん、湖さん。こっちを見て」
「っ…、にい、さま…」
見開く目は、うっすらと鈴の色がにじみ出ている
(瞳が…人が多すぎる…っ)
佐助がそう思うと同時に、湖は謙信に抱き上げられ人のいない部屋へと連れられた
その場にいた者は、一瞬のそれにざわつき始めた
閉じられた部屋、襖をしめた佐助は外の様子を伺っている
「湖、鈴と入れ替わるな」
謙信の声にびくりとする湖
湖自身も無意識ではあるが、まずいとおもったのだろう
すぐに鈴にその姿を変えなかった
鳥が目の前にいるのだ
猫なら飛びつきたい
だが、人の目を集めていた先ほど、湖にも鈴にもブレーキがかかったのだ
湖を畳に下ろせば、
「湖さん、偉かったよ。大丈夫、もう鳥はいないから…一度、目を瞑って深呼吸してごらん」
佐助は背をさする
どくん、どくん、と波打つ心臓
でも、二人の声が湖も鈴も落ち着かせてくれるのだ
「…もう…だいじょうぶ…」
「…湖、こっちを見ろ」
謙信にそう言われて、顔を上げる
その瞳はいつもの湖の色だ
「ごめんなさい…あんまり、気持ちよくって…びっくりした…」
「大丈夫だ。よく耐えたな」
謙信にそう言われて、湖はへらっと疲れたような笑みを浮かべた
「びっくりしちゃった…兄さまも、ごめんね」
部屋から出てみれば、何が起こったのかと心配した者達がその場で待っており湖はそれにまた驚くのだ
「姫様の具合が悪くなったのでは?」
「姫様、大丈夫ですか?」
「謙信様、本当に…」
「問題ない」
謙信が一喝し場は収まったが、湖はこの一件で「越後の病弱な姫」と印象づけてしまったようだった