第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
ふと気づいた事
だが、今は自分より幼い子を放ってはおけない
湖は、にこりと笑みを作った
「でも、おひめさまみたいに、きれい!おねえちゃん、すごくきれいね!」
湖が微笑めば、少女は緊張が解けたらしく、満面の笑みで話しかけてくる
「ほんと?ありがとう」
「ふふっ、はい。これ、おねえちゃんにあげるね」
それは、黄色い小さな小花
今湖の着ている着物より濃い山吹色だった
「わぁ…ありがとう」
花を受け取れば、その子はあっという間に駆けだし、ぶんぶんと手を振って去って行った
「湖…待たせたな」
「謙信さま。お話は、終わったの?」
「あぁ」
「あ、今、小さい女の子が来て…これ、もらったの。かわいいお花だよね」
「…お前より小さい童か?」
ふっと零れた笑みは、柔らかいがどこかからかったような笑みだ
「そうですよー。私より、小さい子」
湖の手の中には、山吹色の小花
「その色…」
(あの男を思い出す…)
「どうかしたの?謙信さま?」
「いや…何でもない」
そう言い、湖を抱き上げると次に糸を紡ぐ女達の仕事場、そして着物を織る職人達の仕事場に顔を出す
その都度、椅子に下ろされたり縁側に下ろされたり
端から見れば、大人の用事に付き合っている子どもだが、不思議と退屈感もなく
湖は、外の空気や風景に心を躍らせた
出来ることなら、歩いて散歩もしたい
だが、足の痛みがそれを許してはくれないのだ
(我慢できなくはないけど、お仕事中の二人に心配かけたくないし。このままでも、十分楽しい)
ふふっと一人笑えば、無意識に小さく歌を口ずさみ始めた湖
『黄色い花に、白い花 風に運ばれて 届けてあげよう』
縁側に腰を下ろして、目を瞑ったままで歌う湖
声の聞こえた者達は、その手を止め視線をそこへ
『思い出して 知ってるでしょ
懐かしい 優しい 故郷の香り
夢に出てきた 一輪の花
くすぐったい気持ちで 目を開ければ
世界は全く違うんだ』
枝に止まった小鳥たちが、まるで伴奏のようにさえずり、湖の回りに色をつけてしまう
多くの視線の中、謙信と佐助もまた湖に魅入ってしまう
目を瞑っている当人だけが、その視線に気づかないのだ