第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「火…?湖さん、なにか見つけた?」
「あの人、火をつけようとしていない?」
「え…」
湖の示す方向を見れば、確かに不審な動きをする農夫が一人
他の農夫とは離れた場所で、一人挙動不審な様子をみせているのだ
「佐助」
「今すぐに…」
佐助は、馬をそちらに向け直ぐに向かっていく
謙信もまたそのあとをゆっくりと追って馬を歩かせた
「謙信さま?」
「湖、よく見つけたな」
ポンと頭を撫でられれば、甘えたくなる
着物のため横座りしていた湖はそのまま謙信にすり寄った
着いた先にいたのは、先ほど見た農夫と佐助
それに、村の者が数人
どうやら、家族を人質に取られ畑に火をつけるようにと脅されたのだと言う
だが、自分の育てた畑
火をつけるのに躊躇していたところに佐助が駆けつけ、自らそう話し出したのだ
「お前、ここのところ。ずっと顔色が悪かったのはそのせいか!」
「かかさま、具合悪いだけだっていってたでないか!」
「ばかものがっ、さっさと相談しろ!」
村人達の声に、男は額に土をつけるばかり
脅した相手は武士だったという
国境にある小屋に人質を取られているというのだ
(しばらく大人しいと思っていれば…俺ではなく、国に手を出し始めたか…)
それに心当たりのある二人はすぐに動いた
即、佐助が偵察に向かった
そこにいたのは武士数人、増える様子も仲間もいなさそうだった
結局そのまま、その武士達を縛り上げ農夫の母親と共に山を下りてきた佐助は、軒猿に連絡を取って探ると言う
謙信は、村の長となにやら話をしている
「些細なことでも何かあれば、連絡を入れろ」
そんな謙信を横目に見ながら、湖は黙ったまま待っていた
(佐助兄さま、すごい…謙信さまも…)
佐助や、謙信が自分の知っている人以外と話をしているところを始めて見た湖
自分(こども)と二人(おとな)の違いに、胸が痛み
何もすることができない自分が歯がゆく思う
「おひめさま」
そんな湖に遠慮がちにかかる声
それは、自分よりも更に幼いものだった
「え…私?」
「うん。おねえちゃん、おひめさま?」
「お姫さま…」
確かに、兼続や女中達に「姫」と呼ばれることはあるが…
(私のかかさまは、怪だし…姫じゃ無いよね…あれ?)
「ううん。違うよ」