第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
頼むなら色は…など、にこにこしながら話す湖にいつの間にか頬が緩む白粉は、その髪の毛を梳くようになで下ろし…
「少し長いな…また切るか?」
と尋ねる
「んーー。ととさま―!」
中から聞こえてくるのは、信玄を呼ぶ声
「ん?なんだぁ」
「ととさま、湖の髪の毛、どう思うー?」
「…髪の毛?」
襖越しに尋ねてくる湖、その襖を中にいた白粉が開いた
中を見れば、座っている湖の髪の毛は畳につき、さらに広がっているのだ
「少し長過ぎだと思わないか?」
白粉も信玄にそう声をかけた
「まぁ、確かに長いな…」
「まるで、絵巻物の中の姫君のようで…」
ぽつりと聞こえたのは、兼続の声だ
(確かに…そうだな)
この幼い湖は、黙っていれば本物の姫君だ
白い肌、栗色の柔らかい髪は長く、同じように色素の薄い瞳はか弱い姫君のように見える
だが、当人は…
「湖、幸村くらいに切っちゃってもいいかな?って思うんだけど」
「そんなに切るのか?」
「うん!だって、また一ヶ月たったら伸びるでしょ?」
か弱さなど感じさせない
大ざっぱな姫君だ
「そんなに切ると、謙信からもらった髪飾りがつけられなくなるぞ」
忘れていた、そんな様子で湖は髪に飾られている飾り紐を探すように手を当てる
すっかり馴染んだ桃染め色の髪飾りは、湖に触れられチリリンと音を立てた
その音に安心したのか、湖はふっと息を吐き…
「そうだよね、それは困っちゃう」
と、笑ってみせるのだ
結局、畳には着かない程に切りそろえられた髪の毛は、湖を立たせれば腰ほどまでの長さになった
「で。歩けないのか、お前は?」
「んっとね、こーやって…壁を伝えば、どうにか!」
ぷるぷると、まるで子鹿のように足を震わせながら歩く湖に兼続がすぐに手をさしのべた
「湖様!無理は禁物っ!佐助殿ですら、結局一ヶ月痛みを訴えておられたのです!この一月は無理せずに、お部屋に居られてくださいませ」
兼続に手を添えられ、楽な姿勢で座った湖は
「それは、やだ!」
と、頬を膨らませた