第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
脱力するようにその場に膝をついた幸村から聞こえたのは、深呼吸するような息だ
「…今度から、そいつがいるときには「湖がいる」とはっきり言ってください」
「そうしよう」
二人分のため息
それを打ち消すようなバタバタとした足音は…
「兼続…ですよ」
「そうだな」
「し、信玄殿――!ま、まさかと思いますが、こちらに湖様…っっ?!ひっ、湖様!!」
大きな声、いや、ほぼ悲鳴に、びくりと湖も目を覚ました
ぱっちりと見開いた目に入ったのは、信玄の顔
「おはよう」と言い、自分を抱えているのは解る
次に顔を横に向ければ、そっぽと向く幸村と、大きな口を開けっ放しの兼続だ
「もう朝?あ…そっか。昨日、ととさまのところに来たまでは覚えてるんだけど…寝ちゃったんだ」
(覚えていた?…鈴じゃないのか…?)
「っ、っ、湖様!もう九つ!そろそろ信玄殿の寝床に潜り込むのはお控えください!」
「なんで?…兼続、顔赤いよ?どうしたの?」
「なんででは、ございません!!年頃の女子が、どうして異性と寝るんです!!」
「…ととさまだもの…なんで悪いの?」
「なんでもです!!」
「とにかく、まずっお戻りを…っ!」
ぐいっと、湖を引こうと夜着に手をかければ…
「あ、兼続」
はらりと肩から落ちてしまった夜着
兼続の目に映ったのは、白いなめらかな薄肌
まだ未発達な胸
それを隠す様子も、恥じらう様子もない湖は
両手を畳に着き「もぅ」と膨れるだけ
「っ…っ!!も、もうし…っわぁぁーー?!」
どたどたと去って行く兼続に、あっけな表情の湖
「…ととさま…兼続は、どうしたのかな?」
ぺったりと畳に座り込んだ少女は、腰元に夜着がかかっているものの上衣は裸だ
長い髪が背中をかくし、信玄や幸村が見えている素肌は、その髪の隙間から見えるだけだが…
後ろから夜着を持ち上げ、再度湖を包むのは信玄の手だ
そして、朝から一体何度目になるのか解らないため息
「あのな湖…、お前は男と女の性別の違いは理解しているのか?」