第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
夜遅くに到着した謙信一行
湖はそのまま寝入ってしまったが、その湖を見て兼続が言葉を失うように固まった
「ずいぶん大人びたよな」
「…えぇ。誠に…九つで間違いないのでございますよね」
顔立ちはずいぶんしっかりしてきて、大人の湖を垣間見る
寝ていても解る背の高さ
同じ九つの喜之介より、ずいぶんと大きく
しかし、軽そうなのだ
複雑な面持ちの兼続に「私も今夜はこのまま寝る」と湖を抱いた白粉が声をかけた
結局、兼続が湖を抱き上げ白粉を部屋まで送っていったのだが…
その兼続が頭を痛めたのは、翌朝だ
「なんで…お前がここで寝てるんだ??」
翌朝、目を覚ました信玄が目を手で覆い深いため息を零していた
このところ調子の悪かった身体
昨夜も、食事を取らずに寝入ってしまった
(夜中…確かにいい香りがした気はした…寒気もなく、息苦しさもなくなった気もする…)
ずるっと、横に落ちてきた身体を片手で押さえ、もう一度ため息をついた
褥に寝ている自分の上に、覆い被さるように寝ているのは湖
信玄の胸板を枕に、うつぶせで寝ているのだ
開けた胸に、湖の頬、髪の毛があたっている
(…やっぱり、調子が良くなってる…息苦しさがまったくない)
「君は一体…何をしてるんだ…」
すーすー眠る湖を直視出来ずに、三度目のため息を零す信玄
「失礼します」
横になったままの信玄に、かかった声は幸村のものだ
「あぁ…幸村、ちょっと待ってろ。まだ空けるなよ」
「信玄様…っ身体が…」
シュッと乾いた音を立てて襖が開けば、一瞬目に入ってしまったのは湖の…
「だから、待てって言っただろう?」
素肌だ
自分の上で寝ている湖の身を、夜着で包むと苦笑いする信玄
一方、その直前
素肌のままうつぶせで眠っていた湖を見てしまった幸村は、さっと頬を赤く染めていた
湖はと言えば、未だ夢の世界だ
すーすーと夜着から顔だけ出す湖は、とても気持ちよさそうに寝ているのだ
「な、…な…」
「それは俺が聞きたい。が…大方、寝入った湖の代わりに出てきた鈴が、俺の寝床に入り込んできたんだろう」