第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
「しばらくは外出出来んな…城へ戻り次第、何か用意をしよう」
「ある意味、成長痛様々だな。安心出来る」
謙信はそのまま湖を自分の膝に座らせて酒を飲み始めた
その様子に信玄がため息を零す
そして、秀吉もまた同様に
(危なっかしい…まだまだ身体は子どもだが、あの見た目…)
「帰るのに躊躇するか…」
そんな秀吉の心情を光秀が言葉にして出す
「…思うだろ。あんなの見てしまえば…」
「まぁな。九つのこどもには見えないか…あれではまるで、あの想像画のようだな」
鶴姫の化身
そう歌われ、春日山城城下で刷られていた浮世絵
あれは、黒髪に白い肌、豊満な胸になめらかな腰つき
春画とも言える品物だった
今、目の前にいる少女は
稲穂色の髪、色素の薄い茶色い瞳、白い肌
あの絵とはほど遠い体格であるのに、神秘的とも思える身体の比率
人では無いものにたとえられても、おかしくないのだ
「…危険だな」
「まぁ、まだ九つ。湖を良く知っている者が手をつけることは無いだろう」
「……」
「だが、湖を知らぬ者からすれば…」
「そんなことには一切ならない。お前たちの心配は不要だ」
光秀と秀吉の会話を立ったのは信玄だ
『ごちゃごちゃ五月蠅いぞ。酒が不味くなる…やはり、人の意思が飛び交うのは酔うな…だが、お前は不思議だ。思考を閉じているのか…不思議な奴だな』
「さあな…」
くいっとまた一杯、盃を空ければ…
その空いた盃に酒を入れたのは、湖だ
「このくらい…ですか?」
零れない程度に入れられた酒
酒瓶は重たいようで、「よいしょ」とそれを下ろす湖
謙信がその杯を眺め飲むと
「お酒、美味しいですか?」
チリンッ
湖が首を傾げれば、髪飾りが小さく音をたてる
すると謙信の表情が柔らかく微笑むのだ
「…そうだな」
その表情に湖の頬が染まる
(あ、れ…なんだろ…)
熱がこもる、そんな初めて感じる気持ちに、どう反応すべきか
ちらりと横からそれを見ていた信玄は、ふっと小さく笑うのだ
謙信は湖のそれには気づかず、信玄の方に「なんだ」と、顔を向ける
「いや…なんでもない」
ふっと笑う信玄にしかめっ面の謙信
今度は湖が笑った