第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
稲穂色の髪が、白い肌に滑り落ちるように落ち着く
何も羽織っていない少女が、裸を隠す様子も恥じる様子も無く、信玄の横に手をついて座っているのだ
(…っ、ほんとにこの娘は)
相変わらず薄い身体
膨らみも凹凸もない中性的な身体に、大人びた表情を浮かべる湖は時々六つのこどもには見えないのだ
「こら。戻るなら、羽織りのあるところでと言っているだろう」
信玄は、側に置いてあった自分の羽織で湖を包むと、その身体を自分の膝の上に納めた
(明日には九つになるんだろ…この危機感の無さ。父親の俺の前だけなら良いが…いや、良くないな…まずいだろ…)
頭の上から何度も連続で聞こえるため息に、湖は真上を向いた
「ととさま?」
大きな目が視界に入れば、信玄は湖を包み込むように抱えその肩に額を乗せた
「ひゃんっ…くすぐったいよ、ととさま」
首に触る信玄の髪の毛がくすぐったいのだと、きゃっきゃっと笑う湖
「俺は心配だよ」
(世の中の父親とは、こんなに気苦労するのだろうか…これが、本当の父親ならばもっと大変なんだろうな…こんな娘、家から出したくはなくなる)
「しんぱいなのは、ととさまのほうよ。ととさま、むりしないでね?」
信玄の頭を軽く撫でる小さな手
体調の事を言っているのだと直ぐに解る
今までであれば、ごまかし「何のことだ?」など言っていただろう
だが、信玄にはやはり確信があるのだ
具合が悪い、もしくは悪化しそうになれば、必ず湖がやってきて何かをしているのだと
そのおかげで、自分の体調が良いのだと
一度だけ湖を問えば、唇を噛みしめて知らぬ振りを通した
(言いたくないのか、言えないのか…いずれにせよ、湖の負担にならないのない事であればいいが…)
光秀と秀吉が話をしていた、登竜桜の特効薬の件もある
(だが、それなら白粉が持ってくるはず。白粉じゃ無い、間違いなく湖だ)
「そのまま返すよ、その言葉」
「なんのこと?」と首を傾げる湖に、信玄は笑みを見せた
二人が揃って笑っていれば、気配もなく入り口に立つ人物が視界に入る
白粉だ
不機嫌な表情を隠しもせずに、湖に向ける白粉
そして、「しまった」と顔色を悪くする湖