第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
尊敬する兼続が、この児女に話している内容には
現在六歳の子どもが、九歳に、自分と同い年になるという前提があるのだ
「か、かね、つぐ様…」
「あぁ、喜之介。実際、見てみないと理解できないだろう。お前は、湖様が九つになった後また城内に招こう。今日は、もう帰ってよいぞ。では、湖様…失礼いたしました」
良いことを思いついたとばかりに兼続は嬉しそうな顔をしながら、喜之介を連れていった
「子どもは面倒だ…」
ぽつりと漏れたのは白粉の言葉
そんな白粉の首に手を回し、甘えたようにすりつく湖は
「かかさま。湖もこどもだよー」
と、笑った
「お前は別だ。私の愛おしい娘だからな…」
短い日は過ぎ、明日また登竜桜の元へ向かうという日の夕方
鈴の姿を借りた湖は、白粉の目を盗み信玄の部屋へと入り込んだ
なぅ、にゃぁ、
部屋を見回せば、更に奥の部屋から声がかかる
「鈴かぁ、こっちだ」
トストスと、小さな足音を立ててその声の方へ向かえば、そこに居たのはなにやら木の板を組んでいる信玄だ
こんこんと、小槌で叩き箱を組んでいくその様子に首を傾げていれば
「なんだ…湖か。なんで鈴の姿でうろついているんだ」
びくりと、毛が逆立った
(え、なんで?)
猫の姿である場合、鈴か湖か、もちろん白粉には直ぐに解ってしまう
そして、何故か謙信にも
それ以外の人には見分けられたことが無かった分、今自分を言い当てた信玄に驚きを隠せない湖
「いい加減解ってくるさ。お前の父親役をして一月以上だ。で?俺のお姫様は今度を何をするつもりだったのかな?」
クスリと笑う信玄は、作業を止め湖を見下ろしている
そんな信玄の胸元は、濃い煤色の煙が立っていた
(…くろっぽくなってる…でも、まっくろじゃない…これなら、きょうは「おまもり」しなくてもだいじょうぶ…さくらさまとの、おやくそく…まもれる)
にゃぁ
湖は一鳴きし、その姿を変えた
「おさんぽしてたの」