第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
その頃、そこから離れた一室
佐助の部屋に居た白粉がおもむろに腰を上げた
「白粉さん?」
「…泣き声がする…湖だな」
「え…聞こえませんけど…」
「お前達の聴覚と私は異なるだろう…何かあったな」
そう言うと急に部屋を出て歩き出す白粉に、佐助もそのあとを追った
「湖、泣くな」
「んっ…ん」
集まった家臣、女中、そして兼続の目の前で
光秀が湖をあやす姿は、今までの彼の印象と異なるものだった
信用ならぬ狐
一言で言えば、そうだ
計算高く、腹の内が一切読めない、作り笑みの男
それが、どうだ
今、此処に居るのは幼子をあやす男はそんな印象を与えないのだ
「湖…」
耳元で響く優しい声に、湖は光秀の首に手を回し抱きついていた
次第に小さくなる泣き声
兼続は、ようやく回りの人だかりに気づき人払いをする
そうしている内に新たに現われたのは、白粉と佐助だ
「なにがあった?」
「湖さん?」
「それが…某にもまだなにやら…」
兼続が答えているのに気づいた湖は、顔を上げた
泣きはらしまぶたが腫れる瞳で母の姿を捕らえると、ふぇっとまた泣きだし始める
「かか、さまぁ…」
光秀は、その身体を白粉に渡した
「大丈夫か?」
「ん、」
「湖さん、なにかあった?」
「にーさま…」
この日、謙信と秀吉は織田からの提案事項、青苧について協議、視察の為に城を開けていた
そして、信玄と幸村は近隣他国の情報を受け取るため城下へと出向いていたのだ
彼らが戻ってきたのは、湖がそのまま寝落ちして起きたあとだった