第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
下を向いたままたたずむ湖
ぽたぽたと板張りには、いくつか水滴が落ちている
「湖様…?いかがされ…っ、湖様?!」
通りかかった女中が膝をつき湖の顔を覗き見れば、その表情は真っ青になって涙をこぼしているのだ
声をかけられれば、更に落ちる涙
「ど、どうしましょう…っ」
どうすることも出来ずに、慌てていれば遠くからそれを見た男が近寄ってきた
「湖、どうした?」
「明智様…っ、姫様が…」
彼女は春日山城の女中だ
いくら同盟を結んだとはいえ、最近まで敵方の武将に対してこんな風に呼んだりはしてこなかった
それは、家臣も同様
城内において自分達に感じる目線は理解出来ていた
が…
今、そんな女中が自分に送ってくる視線は助けの目だ
(なんだ?)
湖を見れば、その足下には丸い水滴がある
「湖、なぜ泣いてる?」
声のかかった方に視線を上げれば、そこにはぼんやりと光秀らしき人物が見えた
湖は、自分の着物でごしごしと身元を拭くが…
涙は止まることをしらないようで、次々へと溢れてくるのだ
「擦るな、腫れるぞ」
手を伸ばそうとした時、ドタバタと足音がすれば兼続が現われ…
「湖様っ…?!明智殿っ!貴殿、何をされたっ!」
「直江様…っ、誤解です。明智様は…」
女中が止めるも、兼続は光秀を睨む
だが、光秀はそんな兼続を目に入れず湖を見たままだ
そして、湖は…
「湖様?」
光秀の袖をぎゅうっと握って
「か…ね…」
「かね…?某ならば、ここに居ります。湖様?」
「っ、かね、つぐの…せいだもんっ!!あの、こ…だ、れっ…?!」
そう言えば、我慢出来なかったとばかりに、わぁんわぁんと泣き出すのだ
「某のせい??…湖様、説明を…っ」
光秀は、袖を持ったまま泣き止む様子のない女児を抱き上げ、その背中をさする
「湖、落ち着け…」
顔色を悪くする兼続に対して、光秀は普段より優しい声色で湖の名を呼ぶのだ
「湖」
低く心地の良い声色は、湖の耳にも届き
先ほどの男児の避難する声とは全く異なり、湖を安心させた