第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
あと5日ほどで、9つになるため登竜桜の元へ行くというある日
湖は城内で初めて見る男の子に声をかけられた
「お前が「湖」か?」
「え…うん。そうだけど…おにいちゃん、だぁれ?」
自分より少しだけ背の高い男の子は、湖を値踏みするように見たあと、ふんっと鼻で笑った
「思ってたのとずいぶん違うな…ちんちくりん」
「ちんちくりん」がなんだかは解らないが、自分の事を悪く言っているのは湖にも解った
相手が見下したような表情をしているのだ
「よくわからないけど、ごようじがないなら。湖、ととさまのところにいくから、とおして」
通路をふさぐ年上の男の子にそう言えば、
「「湖」「湖」って、自分の事、かわいいと思っているんだろうけど、お前みたいな栗色の髪に、茶に緑がかった目の色なんて可愛くないし、美人でもないからな」
急に浴びた罵倒に湖は瞬きしながら困惑する
「おまえ、子どものくせに、謙信様や信玄様、それに織田の奴らに色目使ってるんだろう!あばずれ」
(いろめ?あばずれ??)
この敵意丸出しの男児は、湖の首元を指さすと一層睨みをきかせて言うのだ
「美人ってのは、こうゆう女のことだ!」
そして目の前に見せられたのは、今下町ではやりの春画
着物を背に羽織って、刀を抱きしめる黒髪の美人画だ
「姫鶴一文字の化身だ。わかるか、ちんちくりんのお前と全然違うだろうが…解ったら、お前みたいな子どもが城をうろつくな!」
美人云々は解らないが、この子は自分に対して敵意があって城から出て行けと言うのは理解出来た
湖にとって初めて感じる敵意だ
「なんで…そんなこというの…?」
ぼろりと零れ落ちる涙を止めることはできない
「っ!か、兼続様が、お前に構って…とにかく、お前なんか、さっさと居なく成れ!!」
そう言いたいことだけ言えば、彼は庭先に飛び降り去って行く
その去り際に一度湖の方を振り向けば、大声で「ぶーす!」と言い走り出した
湖は、呆然としそこから動けずに立ち止まっていたが…
「っ…、な…なんで」