第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
ぽんぽんと、背中を叩かれ強く抱きしめられれば湖は「きついよ!」と文句を言う
(私は…私の思いをこの子に残していってもいいのだろうか…)
「さて…湖、信玄の部屋に何をしに行こうとしたのか…話を聞こう」
湖を離した白粉の顔は、あの悲しそうな笑みでは無かった
元の眉間に少し皺を寄せた
湖を説教するときの顔だ
「あ…えっと…」
この後、正直に
信玄にお守りをしてから戻ろうとしていたことを話せば、白粉にこっぴどく説教をされ、半泣きで湖は眠ったのだ
その朝
白粉は眠らずに湖を見守っていた
自分の身体にすり寄ってくる娘を
謙信の言葉は、記憶を消すなと言っているように聞こえた
(いいのだろうか…湖は、悲しまないだろうか…受け入れてくれるのだろか…偽りの母を…)
「かかさま…」
寝言だ
ふふっと笑いながら、自分の胸にすり寄る幼子
もうすぐ9つになる娘
「もう少し…考えさせてくれ…」
湖を抱きしめ直すと、その身体を温めるように白粉はようやく眠りについた
「…さま…かかさま」
「ん…」
「おしろい…おしろいどの…」
白粉がうっすら目を開ければ、目の前に見えたのは湖の顔だ
なぜか真っ赤になって、眉を困ったように下げている
(なんだ…?)
「かかさま、あっつい!!」
「白粉殿、腕を緩めてくだされ」
(腕…?)
寝ぼけまま、腕の力を緩めれば湖ががばりと起き上がる
そして、白粉もまた怠そうに身体を起こしあくびをした
「あっつい、あっついよー!」
湖は、寝衣を開けさせバタバタと涼しい空気をその身体に当てようとする
「っ、湖様!!」
その様子に側にいた兼続が、湖から目を反らせば、次に目に入っていたのは白粉の開けた襟元だ
豊満な胸元がだらしなく開き、白粉自身も起ききっていないのか妙に色気のある表情を浮かべているのだ
「おっ、白粉殿…?!」
「ん…」
ふぁっと、あくびをする様子など確かに猫らしくも見えるが…
猫はこんなに色気を出すまい