第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
「で、怪我の具合はどんなんだ?」
「問題は無い…むしろ、調子がいいな」
「なんだそれは??」
翌朝
光秀の休む部屋を訪れた秀吉は、すでに着替え終え鉄砲の手入れをする光秀を目にする
光秀の動きは怪我を隠す様子も一切無い
「昨夜…」
光秀は、秀吉を見て口を開いたものの続きを話さない
「昨夜、なんだ?」
「…猫の薬が効いたようだ」
「猫…?白粉の事か。一体どんな薬なんだ?」
(白粉…確かにあれも、猫だ)
「土地神の特効薬だと言っていたな」
くくっと笑うと、光秀は上衣を開けさせ肩を見せた
すると…そこには、昨日傷を負ったと思われる場所が見当たらないのだ
代わりに、古傷のような痕がそこにある
「…これは」
「神とはずいぶん便利な事ができるものだな」
「…驚きだな」
秀吉の表情は、驚きそのものだったが…すぐにその表情が変った
「なら、湖を安心させてやれ。昨日は自分のせいだと、落ち込んでいたようだぞ」
「そうか…なら、さっそく行くか」
鉄砲を懐に仕舞った光秀が立ち上がろうとすれば、秀吉は慌て出す
「おい、何もこんな早くから行けとは行っていない!…っ、こら!待て、光秀!お前また寝所に行くつもりか?!」
「そろそろ起きても支障無い時間だろう」
「だっ、止めろ!昨日の事をもう忘れたのか?!俺は、あれでひどい目に…っ!こら!」
秀吉が止める間もなく歩き出した光秀が向かったのは、信玄の部屋だ
「入るぞ」
昨日同様、遠慮や躊躇などなく襖が開けば
「…お前には、本格的に礼儀をたたき込む必要があるようだな」
と、信玄が茶を飲みながら睨みをきかせるのだ
「湖は不在か?」
「悪いが、いつでも此処で寝ているわけではないのでな。昨夜は白粉と寝ているはずだ」
「そうか。では、邪魔したな」
信玄の言葉を聞くと、身を翻し去ろうとする光秀と秀吉がぶつかりそうになる
「っ、おい。光秀」
「待て、明智…なんだ、豊臣秀吉も居たのか」
立ち上がって襖に手をかけた信玄と、秀吉の目が合えば双方わずかに目を細めた
先に口を開いたのは、信玄だった