第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
湖は、自分の手や身体を確認する
間違いなく元に戻っているのだ
脇から伸びてきた手が、湖にえんじ色の羽織をかぶせた
「謙信、戻すなら羽織を用意しろよ」
「ととさま…ととさまもしってたの?」
「あぁ。俺だけじゃない、幸村も佐助も…安土の連中もだな…湖、気をつけろよ」
そんな会話を聞いていて謙信は黙って湖を見つめた
「けんしんさま?」
「…湖、あいつらの前で鈴の姿を借りるのは控えろ」
「そうだな…鈴の時は、やむを得ないとしても…わざわざそんな機会を与える必要は無い」
首を傾げる湖は、何を注意されているのか解っていないようだったが、二人にそう言われ頷くより他は無い雰囲気となった
コクコクと頷く湖を確認すると、信玄が先ほどの話題を振る
「で…姫はこんな時間に何をしていたんだい?」
「っ、えっと…」
「…湖」
大の大人二人に問われ、湖は観念したように口を開く
「…みつひでさまの…おけがが、きになってみてきたの…」
「お前…」
信玄の低い声に、ぴくりと背を縮めると…
「いきしてた!すーすーねてたのみて、どぉんみてきただけだもの!」
一気に真っ赤になって口走る湖に…
「「どぉん…」」
二人の声がはもった
はっとした湖が自分の口を塞ぐも遅し
「…まさか、鉄砲の事か?」
「湖」
気まずそうに口を開く湖は
「だって…はじめてみたんだもの…おべんきょうで、えはみたことあったけど、ほんものははじめてみたから…あ、でも、すきなわけじゃないんだよ!あれは、こわいものだもの!きらい!」
はぁーと長いため息をついたのは信玄だ
謙信は、湖の羽織の前をしっかり交差させると、その身を抱き上げた
「…そうだ。あれは武器だ。子どもが近づいて良い物では無い…二度とするな」
「うん…」
「信玄、俺は湖を部屋に連れて帰る」
「湖、ととさまとねんねするよ」
「…寝衣がない」
「あ…そっか。じゃあ、おきものきてからくるー」
ばいばいと、謙信の肩越しに手を振る湖であったが、
その夜、信玄の部屋に再び来ることは無かった