第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
「一緒に付いて行こう」
「いい。こんやは、まんげつ。かかさまのしろいろは、めだつもの」
「…四半刻たっても戻らねば迎えにいく。いいな?」
「うん。いってくるね」
そういうと、湖は鈴の姿に変え部屋を出て行く
今夜は満月
確かに真っ白な白粉の毛色は目立つ
かと良い、煤色の鈴ですらこの月夜では身体を隠すことは出来ない
それでも、今夜に湖が動いたのは
おそらく今夜しか光秀は春日山城に居ないからだ
白粉は、落とされた着物を拾うと一度目を閉じ、鈴の出て行った方を向く
(効いていれば良いが…)
湖が、光秀の怪我を治すと決めたあと
白粉は、光秀の部屋に出向いていた
湖を助けてくれた礼と、詫びにと「登竜桜の薬」と称し、飲み薬を渡した
確かにそれは、登竜桜の薬だ
痛みと傷の化膿を防ぐ飲み薬
その分、眠りが深くなる
それを光秀に渡し、服用するまで確認してきた
(…あの男…腹の内が一切読めん)
心配になるが、真っ白な自分が動けば余計に目立つのは間違いない
ため息ばかりでる白粉だった
亥の刻を廻り、城内の者が寝静まり始めた頃
見回り番の隙をくぐって、白粉から教えてもらった部屋前まで来た
鈴の姿の湖
人の姿では出来ないが、猫の姿であれば気配を絶つ事は可能だ
(ととさまにしてるのと、おなじだもの…しずかにしてれば、みつからない)
猫の目は光が無くともよく見える
部屋に入ってみれば、褥に横たわる光秀の髪の毛が見える
そして横を向いて寝ているのも解った
顔は入り口とは反対の部屋の奥に向かれているため、表情は見えないが、寝息の具合で今は眠っているだろうと確認した鈴
その背に慎重に近づき、身体の上にかかる羽織をじっと見れば…
黒い靄が、まるで燻った煙が細い糸のようになるのと同じに、肩当たりから細長く揺れる靄が見えた
(ととさまのとちがう…ととさまのは、もっとかたまりみたいになってるけど…みつひでさまのは、ほそくて、まるでからだにささっているみたい)
肩の方に数歩歩き、首を上げれば
光秀の背中に、両前足をつければ届くような位置から黒い煙は出ていた
(…かかさまが、ねむらせてくれたはず…)