第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
湖もまた顔を上げると、三成の方を見てそう確認する
「はい。休むことも効率を上げる良い手段です。湖様、今日一日、ゆっくりと自分のしたいことをしてお過ごしください」
勉強が嫌な訳では無い
むしろ文字が書けるようになってきたことの満足感の方が強いが
休息日、自由と言われると、やはり嬉しくなるものだ
「うん、わかった!」
こどもらしい笑みを浮かべて頷く湖
抱えながら、それを見ていた謙信は「ならば…」と言うと…
「湖、少し出るぞ」
「殿…?どちらに向かわれるのですか?」
「遠くない場所だ。すぐに戻る」
兼続にそう言うと、謙信は湖を抱えたまま歩き出した
一瞬迷いはしたが、白粉は謙信を追うことはしなかった
「けんしんさま、どこにいくの?」
「少しは息抜きだ。机にばかりかじりつき、体が鈍るだろう」
「なまる?」
馬に乗って城門を出た謙信と湖
謙信は前に乗せた湖をしっかり囲うと、馬の速度を上げる
「わっ…?!」
はじめこそ、それに驚き謙信の着物を握りしめていた湖だったが
「すごいっ!湖、こんなにはやいお馬さん、はじめて!」
と、喜びの声を上げ出す
信玄から以前、湖を馬に乗せたときの事を聞いてはいたが…実際に目の前でそれを見ると、「なるほどな」と関心してしまう
湖は、どんなに馬を駆けさせても飛ばせても怖がらない
むしろ喜ぶのだ
小高い丘の上に来れば、そこから見渡せるのは景色は
「すごい、なにあれ?おおきい!!」
「あれは、海だ。今日は、此処までしか連れてこれないが…お前が馬に乗れるようになったら、あそこまで連れて行こう」
「っ?!ほんと??けんしんさま、ほんと?!」
驚きで目を丸め、だがうれしさを隠さないその顔に、謙信の表情もつられて柔らかく微笑む
「あぁ」
「っ…、うれしいっ!ぜったいね、けんしんさま、やくそくねっ!」
「約束だ」
(こんな事で、喜ぶのならいつでも連れて行こう…)
太陽に照らされて海の表面がキラキラと輝く、その様子をじっと見続ける六歳の湖
この娘の世界を自分が広げていく、成長を見守っている
こどもが特別好きな訳では無い謙信にとって、この時間は不思議なだが、心地の良い時間になっていた