第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
「…戻るか」
「うんっ…けんしんさま…」
「なんだ?」
「湖、がんばるね!書くのも、お馬さんも!あ。お馬さんはまだだけど…すぐに、のれるようになるから、ぜったいつれてきてね」
「約束したからな…」
童の湖は、首を上に向け自分に意気込んでくる
謙信は、ふっと笑うと城へと引き返した
たった一時程の時間であったが、越後の海のきらめきは、湖の記憶にしっかり残る風景となる
城に戻った湖は、さっそく白粉の元へ行き見た景色と、謙信との約束を話して聞かせた
白粉は、「そうか…良かったな」と湖を抱きしめてそう言う
「ととさまと、ゆきと、にーさまにもはなしてくる!」
「佐助は部屋で寝ているが、信玄と幸村は出かけていったぞ」
「…ととさまが?」
湖の頭をよぎるのは、信玄の靄だ
六歳になった翌日にあの靄に口づけをした
それからしばらくたっているのだ
「…かかさま…」
はぁっとため息を零す白粉
「止めても聞かないだろう?一緒に行く。鈴の姿を借りろ」
「うん!」
湖が姿を変え、着物から出てくるのを確認すれば、白粉もまた猫の姿に体を変えた
こうして、白い猫と煤色の猫は部屋を出て、城の庭に出るのだ
『佐助に知らせてから行くか…湖、佐助の部屋に寄るぞ』
にゃぁ
白粉に返事をした煤色の猫
そしてその後ろにぴたりとついて歩き出した
(…たしかに、体は大きくなったが…まだまだこどもだ)
佐助の部屋に着くと、佐助は部屋でなにやら設計図を書いているようだった
そんな佐助に、猫の姿の白粉が「信玄を探しに行ってくる」とだけ言いに来る
佐助は、湖が一緒だと解ると止めようとしたが…
自分の体が恨めしい
猫二匹捕まえることができないまま
不安を胸に見送ることになったのだから
(さて…信玄の気配を探すか…)
一方、簡単に城を抜け出た二匹は信玄の行方を追った
白粉が金色の目を瞑ると、ゆっくりと息を吐きながらその気配を探る
にゃぁ、にゃん
その横では湖が、まだかまだがと待ちわびているのだ
(…遠くないな…城下か…)
『見つけた。行くぞ』
にゃぁ!
二匹ははぐれないようにしっかりと身を寄せて走って行った