第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
リリン、チリリン…
六歳のその身体は、まだ膨らみも何も無い
ぺったりした中性的な身体
だが、その突き抜けるような白さと香りに目が離せなくなる
「あれ…?けんしんさま、ととさま?」
「…湖、着物を羽織え」
「あ。はーい」
湖は謙信に言われて初めて自分の姿に気づき、腰元にあった着物を羽織り始めた
その羽織方の雑なこと
「よいしょ」と、着物をばさりとひらくと袖を通していく
まるで自分が見られていることなど、まったく意識していないのだ
「こら、湖…」
「なに?ととさま?…あ、おびしてー」
帯を持って自分の隣に立つ湖に、信玄は額に手をつきため息する
「どうしたの?」
「お前…少しは、恥を知る必要があるな」
「はじ?」
帯に手をかけ、丁寧に縛っていく信玄
謙信は酒を飲む手を休めて
「そうだな…」
「あ。けんしんさまが、おまんじゅうたべてる」
「…いるか?」
謙信の持っていたまんじゅうをもらい、嬉しそうに頬張る湖に
「だが、優先順位はその薄さだ」
「?」
「まぁ、それもだな」
信玄が湖の脇をつんとつつく
「ひゃぁっ!」
まんじゅうが、ぼとりと畳に落ち湖の顔が真っ赤に染まる
「と、ととさまっそれ、やだっ」
余程くすぐったかったのか、湖は口元を押さえたまま信玄を睨む
その表情が…
六歳には見えない
少し潤んだ瞳に、紅潮した頬、少し髪を乱し、震える身体
はぁーーーと、二人分の深いため息が部屋の外まで聞こえた
そこに遠慮がちな女中の声が聞こえた
「失礼します、謙信様」
「…なんだ」
「実は…伊達様が昼餉を作られ、皆様をお待ちで…」
開かれない襖
だが、女中が戸惑っているのはその声で解る
それは、そうだ
昨日から同盟になった国の武将が、台所で調理し昼餉を作るなどあり得ない
「独眼竜…まったく、面白い男だな」
「どくがんりゅう?」
信玄と湖の声が聞こえれば、女中が
「信玄様と湖様もご一緒でしたか。良かったです…いかがされますか?」
信玄は、湖に教えてやった