第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
結局、信玄の部屋に戻ってきた二人
早起きしていた湖は、昼餉を待たずうとうとし始めた
それに付き合って信玄が横になれば、湖はお決まりの位置であるように信玄の腹の上に跨がり抱きつくように寝始める
くーくーと、気持ちのいい寝息が聞こえ始めると
信玄は、ため息をつく
「おいおい…お前は何歳までそうやって俺に抱きついて寝るつもりなんだ…」
三歳の頃より重くなった体
丸くふにふにの柔らかい体は、今はすらりとし固いくらいになっていた
重みは一切感じない
女独特の丸みもまだない体の主
だが、あの香りはしっかり香るのだ
「甘いな…」
甘い花の香り…
(今はいいが…二月後もこれはまずいぞ…二月絶てば、湖は十二…胸やら尻やら、さすがに出てくるだろう。それで、この寝方をされれば…だめだ。六歳までにさせよう)
はぁ…とため息をつくと、体の重みが消えた
「鈴に変ったか…」
良くあることだ
湖が寝て意識をなくすと、鈴が出てくる
そしてこの体制でいるときは決まって…
鈴は、信玄の腹の上にいることを認識すると懐に入り込んでいくのだ
入り込んだ膨らみを軽く叩けば…
みゃぁ
と、返事をするような小さな鳴き声
だが、しばらくすると定位置を決めて動かなくなるのだ
素肌に鈴の毛の感触が伝わる
くすぐったく、たまに冷たい鼻先が押しつけられる
はじめは爪が当たるだろう?と、すぐに出していたが、この子猫は決して信玄に爪を立てたことが無いのだ
だから好きにさせていた
(変った猫だ……さて、安土の連中が此処で寝泊まりするのは予測外だ…しばらく城を出るのが無難だろうが…湖の事があるからな…参ったな…)
自分の体調の事は、自分がよく解っている
調子が悪くなってくれば、呼吸が浅くなって動かしにくくなる身体
昨夜はその前兆があった
(そろそろ波が来るだろうな…)
ふぅっと息を吐く
「ん…、なんだ?鈴、寝てないのか?」
鈴の肉球部分が胸の上でたしたしと当たる
そして、胸の下ほどに湿った鼻先の感触も
「っ、こら、くすぐったいぞ」
身体を起こして鈴を取り出せば、鈴は満足そうに「にゃぁ!」と鳴くのだ
「お前は眠くないのか?」