第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
さほど悪気もなさそうに、登竜桜は再び酒を飲み始める
幸村は抱えてた湖を白粉の元へと運んで手渡した
「かかさま」
「ん?なんだ?」
「…湖、ここがいい」
「…そうか…」
頭を撫でれば、湖は白粉の胸元に顔を沈め黙るのだ
『白粉、佐助、湖…お前達、また一月後此処に来い。ただし、次はこんなに大勢連れてくるな…意思が飛び交いすぎて、酒では無く言葉に酔いそうだ』
「解りました…あまり大勢にはならないよう善処します」
『…佐助、その微妙な答えはなんだ』
「すみません。俺もその時にならないと、どんな状況になるのか予想もつかないので…万一ご希望に添えない場合には、他にも美酒を探して持ってきますので」
佐助と登竜桜のやりとりを聞き流しながら、謙信は白粉に抱えられた湖を見てから信長達の方を見た
(…元に戻った際の選択…そんなものあるはずも無い…だが、湖が望むなら…)
「…教育係は不要だ。だが、使者として城に来る分には制限はしない…この半年間は約束してやる」
「そうか…ならば、そうさせてもらおう」
濁り酒に桜の花びらが落ちた
ここは、いつまでも桜が咲き続ける不思議な空間
招かれた武将達の記憶にいつまでも残るが、生涯他言無用の日となるのであった
登竜桜の空間から出た時には、もうすでに夜が明けていた
湖は寝息をたてて信玄に抱かれていた
朝焼けの中、森を出た一行
信長率いる安土一行は、飯山城に戻るや否や安土領地へと戻っていった
そして謙信一行も、政頼を残し春日山城へと引き返すのだ
軽く駆ける馬の足音
けして急ぐわけではない
だが、誰も口を開く者は居なかった
織田軍との同盟
それは、信玄には受け入れがたく
また武田と同盟を組む謙信にとっても不本意なものであった
だが、領地内にあった登竜桜の存在
それは、本来人間が知るべきではない存在なのだ
認知を広めるわけにはいかない
そこについては、謙信も信玄も同意見だった
見えない人質を押さえられたようで気分は良くない
ましてや、口頭約束など本来であれば信用すらしない
(湖が居るからだろうな…)
湖が約束の保証になっているのだ
(本当に…君は天女なんじゃなかろうか…)