第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
佐助の手を両手でよけた湖が、力いっぱい叫んだのだ
その声に反応するように、歯の力が弱まるのに白粉が笑みを浮かべる
『…愚かな人間ばかりではありまぬ…知っているはずです。湖のような…おかか様が以前飲み交わした高梨候のような人間もいると…』
そう言われ、鬼が目を動かせば
自分たちの様子を伺う武将達は丸腰でいるかのように、武器を構えては居ない
そして、一人腰を抜かしている老将が視界に入れば…
『高梨の孫まで連れてきたか…』
ぱくりと、大きな口が開けられ白粉は登竜桜から距離を取る
『…貴様は、一月(ひとつき)見ぬ間に図々しくなったな』
『一月も母親をやれば変わりますよ』
『……』
白粉の後ろにいる武将達を再度流し見た鬼は、後ろを向き手を打った
パンパン…っ
その音と共に、薄暗かった視界が白い光で包まれる
誰もが目を細め驚いた
『…孫がじじぃと同じような年になったか…酒はもってきただろうな?』
先程の鬼とは異なり、よく通る女の声がした
誰もが今立っている場所の風景に目を見開く
目の前にあるのは、薄暗い森ではない
草原に、たった一本満開の桜を咲かせる木
ひらひらと舞う桜の花びら
開けた青空を飛ぶ鳥に、草原をかける鹿
そして甘い花の香り
鬼の居た場所に立つのは、女
白い着物に深紅の帯、鬼と同様の桜色の長い髪、血の通りを感じない白い指
振り向けば、目元に深紅の化粧を施した凜とした女が立っているのだ
どこか白粉と似た雰囲気の女がため息を付く
「にーたんっ、はなして!」
すとんと、草の上に飛び降りた湖は白粉の元に駆け寄った
「かかさまっ、かかさまっ…!」
大きな猫に駆け寄ると、怪我した部分に手を伸ばそうとする
そこは、真っ赤に染まり深くえぐられ、幼いこどもが見てもその酷さは一目瞭然だ
「っ…」
『…大丈夫だ、湖』
優しい白粉の声が湖の頭上から振ってくる
「だ、だいじょばない…いたいっ…いたいよっ!」
血が付くのも構わず、そこを抱きしめる湖を見て、女がさらに深くため息をつくと、白粉の方へと歩き出す
「っ、登竜桜様!待ってください…っ」
遅れをとったが、佐助が同様に白粉の方へかけだした
大きな涙を次々こぼす湖の側に来ると、「悪かった」と小さく誤る登竜桜