第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
『だまれ。儂は白粉と話しておる』
登竜桜の声は聞いたこと無いほど、恐ろしく割れ響いた
「白粉さん…っ」
「佐助、手を出すな」
(やはり、こうなるか…)
佐助の声に、白粉はそちらを見ずに警告した
そして、目の前にいる鬼に言うのだ
「…おかか様。いつまでそうしているつもりですか」
『人間は近づけるなと、言い聞かせてあるはずだ』
「以前は受け入れていたでしょう」
『…いくら娘とはいえ、二度の許しはあると思うな』
鬼の口が白粉を丸呑みしそうになるのを目のあたりにし、佐助は湖の視界を遮るように手をかざした
が…
ぶわりと、暖かい風が吹けば
鬼と同様の大きさの白猫が現われたのだ
額に桜の文様、目元は化粧を施したように赤く引かれ、琥珀色の瞳を際立たせる
(見事なものだ…)
こんな場だというのに、信長はそれを見て感心するように息を付いた
『いい加減、一人になるのをやめてはいかがですか』
鬼から振るわれる衝撃を交わしながら、白粉が呼びかける
鋭い風、地を揺らす力
必然的に武器に手が伸びそうになるのをこらえ、彼らは二体の見たことも無い争いを見つめた
『貴様は、恩に背き…馬鹿なまねばかりする…っ』
鬼が白粉に向かって、走ってきたと思えば大きな口で白粉の片足に噛みつく
『ぐぅ』っと、苦しそうな声がすれば、湖の白粉を呼ぶ声がした
払うように足を振った白粉は鬼の体毎、太い木に体当たりをした
どぉおん…という地響きと、木の葉の震える音
そして、周辺の動物たちが騒がしい鳴き声が上がる
『おかか様…私には、あと半年残っていない…私が居なくなったあと、貴方様は外とどう接点をお持ちになるつもりです…貴方は、誰より人を愛おしいと思っておられる土地神だ…』
『接点など不要だ』
『…必要です。神であろうが、あやかしであろうが…我らの根源は人間の思いです。貴方様は、この先何百年と生きられる…誰にも知られず、俗世も知らず…ただ土地を守るだけにとどまるつもりですか』
『…何が言いたい』
ぎりぎりと、歯に力を加え白粉の足を食いちぎろうとすれば…
「さくらさま、かかさま いじめないで!」