第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
嫌がる政頼を引きずるように連れ出た飯山城近くの森…
ある程度進んだ森の中、総勢十三名がぴたりと足を止めたのは
(やっぱり…ここが入り口なんだ)
佐助は、以前と同じ場所で止まったことに気づき、後ろに居る武将達に声を掛けた
「皆さん、何があっても一切武器には手を触れないでください」
「佐助、お前こんな気配の中…無理言うな…」
「幸村、頼むから刀に触らないでくれ」
佐助の声に反応を見せた幸村の表情は険しい
ざざっと周辺を駆け巡るような風が吹きぬけると、全員の手が腰元に向かおうとするのだ
ただ一人政頼を覗いては
政頼は知っているのだ
遙か昔に感じたこの場の空気を思い出し、腰を抜かしていた
「だいじょーぶ。湖、ちゃんと おはなしするから。ね?」
刀に指が触れようという直前、阻止するように幼い声聞こえた
湖が白粉に抱えられた状態で、彼らを見て笑う
暗くまがまがしい気配に似合わない笑みを浮かべるのだ
謙信の手が降り、信玄の手も降り…信長、政宗…と順に武将達の構えがとかれていく
「ゆき。だめだよ」
最後に幸村だ
ゴクリと唾が喉を下っていく
湖の声に促され、触りかけた刀から手を離していけば…
『どういう了見だ…白粉』
森の奥から人とは異なる影が現われる
音も立てずに近づくそれは、人の倍ありそうな身の丈に、大きな顔を持った鬼だ
赤黒い肌に、金色のぎょろりとした目玉
その恐ろしい顔に、不具合な桜色の透ける髪が風に舞い上がる
「おかか様…湖と佐助を連れてきました」
『…答えになっておらんな…この人間はなんだと聞いている』
白粉の顔間近に鬼の面が来る
一切動じない白粉は、そのぎょろりと大きい目玉を見て言った
「客人です。お招きください」
「さくらさま」
白粉がそう言うと、湖の小さな手が鬼の髪の一部を握る
『…湖』
「さくらさま、あのね。湖、ととさまと、おともだち つれてきたの」
『湖、悪いが…白粉と話がある。佐助の所に行っていろ』
しゅるるっと、桜色の髪の毛が湖の体に巻き付くと、その小さな体を佐助の元に渡した
湖を受け取った佐助は、しっかりとその体を抱きしめて言った
「登竜桜様、話を聞いて欲しいです」