第24章 桜の咲く頃
「あぁ。湖、終わったのか?」
「かかさまー」
信玄の部屋に行けば、そこには信玄と茶を飲む白粉の姿があった
謙信から下ろされ、ぱたぱたと白粉に駆け寄ると、その背中をぱしぱしと叩き出す
「かかさま、にげた!湖、つかれたんだから!」
小さな眉間に皺が寄る
「あの男、私にまで着物をと言い始めたんでな…確かに、逃げてきた。悪かったな」
「もー!湖も いんないもん!いつものでいいもん!」
「そうだな、悪かったな」
ふふっと笑いを零して、湖の頭を撫でてやれる
それだけで、湖の機嫌は直るのだ
「…いーよー。ゆるして あげる…」
「ありがとう、湖」
「だ、そうだ。謙信」
「あぁ、そう指示してきた…」
謙信は、腰を下ろすと湖の髪飾りが目に入る
今は赤い大きめのリボンだが…
(悪くはないが…やはり…)
「…髪飾り、新しい物にしてはどうだ?」
信玄はその視線に気づいたのだろう、そう言ってくる
目線を外した謙信は息を付いた
(あの飾りは信長が与えた物…気に入らないが…)
出会った頃から湖がつけていた赤い組紐と鈴の髪飾り
それはよく似合い
湖を思い浮かべた際に思い出すひとつになっていた
信玄も同じ事を思っていたのだろう
「なら」と、謙信に切り出す
「なら、同じ物を作ってやるのはどうだ?」
「…同じ物…そうか…」
絹音がし、湖が顔を上げれば謙信が歩き出していた
「けんしんさま、どこいくの?」
「湖、仕立屋はまだ居たか?」
「いたよー。おひげのおじちゃん、ちょっと たかなしのおじーちゃんに にてたー」
「解った。すぐに戻る」
くくっと信玄が含み笑いをする中、湖が小首をかしげた
日はあっという間に過ぎ、登竜桜のところへ向かう朝
湖はいつもと同じ着物をし、いつもと少しだけ違う髪飾りをしていた
「よく似合ってるぞ、湖」
「えへへー。けんしんさまが くれたのー」
桃色の組紐に、桜の文様が入った鈴が付いた髪飾り
湖は気に入ったようで機嫌良く皆に見せて回っている
「桃花褐(ももそめ)か…猩猩緋(しょうじょうひ)より柔らかい色…よく似合っている」