第24章 桜の咲く頃
日が傾き、徐々に空が暗くなってきた頃
「明智光秀さん」
林の木々が音を立て、光秀の数歩先に現れた影
懐に手を差し入れ、光秀は前方の影を見た
少年と、猫…
「…片方は死んだ者、片方は知らぬ者か…さて。なんのようだ?」
距離を置いたまま、話しかけた先から聞き覚えのある声が聞こえた
『…以前、世話になったな』
「やはり…あの時の猫か…「白粉」と言ったか?」
『そうだ』
「俺の記憶では、お前は死んで湖が埋葬したはずだが…あやかしは墓場からよみがえるのか…」
冗談交じりのように笑いを含めながらも、懐の手はいつでも引き出せるように気を抜かない
『いや。間違いはない。私は死んだ身だ』
そう言うと、白粉は猫から人の姿へと変化する
「警戒を解いてくれぬか…話がしたい」
(宿から出てきた女か…化け猫が化けていたか…)
白粉の変化に驚きも見せずに光秀は言う
「…そっちの若輩者の正体を明かせば考えよう」
光秀が視線を送るのは、佐助だ
「何度かお会いしています。貴方に、香油も売りました」
「…っ…くく、あの忍か…」
一瞬目を見開き、相手の顔を見ると
光秀は愉快そうに笑い出し、懐から手を抜いた
その手は何も持たない
「いいだろう。お前がわざわざ声を掛けてきたと言うことは…君主は知らぬ事なのだろう」
三人は、林の奥へと進むと手頃な洞窟を見つけ身を潜めた
かちかちっと、佐助が火打ちを打てば、薄暗い光があたりを照らす
「こんなところですみません。今、軒猿がこの辺を探しているはずなので…」
「いや。構わない…で、わざわざここまでして話したい事はなんだ」
光秀が白粉に視線を移す
目の前の女は、ため息をつきながら口を開き始めた
「まずは、湖を連れ出したのは私だ…安土の奴らには心配を掛けた」
「…心配か…そんなもので済めばいいがな」
一瞬だけ光秀から殺気混じりな気配を感じるが、白粉は動じない
「あの時の私の状態では、ああするより他に湖を助ける事が出来なかったのでな…謝罪するつもりは一切ない」
そんな白粉の言葉に何を感じたのか、光秀は手頃な岩に腰を下ろした
「すべて聞かせろ」